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「う、うん……。
面白いけど、その話はR君にはしないほうがいいかもしれないな……」
お兄ちゃんの声は、どことなく引きつっていました。
本当は面白くなかったのだろう、とわたしは落胆しました。
黙り込んだわたしに、お兄ちゃんが囁きました。
「まだ、お風呂に入ってなかった。入ってくる」
お兄ちゃんはわたしの上体を胸から下ろして、起き上がりました。
「お兄ちゃん」
着替えをタンスから出すお兄ちゃんに、わたしは呼びかけました。
「なんだ?」
「わたしも一緒に入りたい」
なんだかお兄ちゃんに取り残されるようで、心細かったのです。
お兄ちゃんは、振り向いて、困った顔をしました。
「頭は自分で洗えるから……」
そう言いながら、駄目なのか……と思ってわたしは唇を噛みました。
「いいぞ。久しぶりに頭も洗ってやる」
「ホント?」
お兄ちゃんが出て行ってから、わたしは自分の部屋に戻りました。
パジャマを着て、着替えの下着とバスタオルとタオルを準備しました。
階段を下りて脱衣所に行くと、バスルームからシャワーの音がしました。
服を脱いで自分の体を鏡に映すと、猫だった時とは打って変わって、
目が眩むような羞恥心が襲ってきました。
お風呂には、服を着たままでは入れない、仕方がない仕方がない、
と自分に言い聞かせ、ガラスの引き戸を開けました。
湯船にお湯を溜めながら、お兄ちゃんは泡を立てて頭を洗っていました。
お兄ちゃんは目をつぶったまま、手を止めて言いました。
「ん? ○○か? ちょっと待っててくれ」
視線を下げると、お兄ちゃんは腰にタオルを巻いていました。
「頭、洗ってあげる」
「いや、いいよ。もう終わるから」
お兄ちゃんはシャワーを全開にして、髪の泡を洗い流しました。
「交替だ。椅子に座れ」
お兄ちゃんはそう言って立ち上がりながら、わたしに視線を向け、
すぐに上を向きました。
「○○……お前、前ぐらい隠せよ」
「……気持ち悪い?」
「いや、そんなんじゃないけどさ……恥ずかしいだろ?」
「……お兄ちゃんになら、別に恥ずかしくない。
けど、そうしたほうがいいんだったら、そうする」
「頼む。そうしてくれ」
わたしはタオルで前を隠しました。
でも、隠すほど胸はありませんでしたし、下の毛もまだ生えていませんでした。
椅子に座ると、お兄ちゃんは後ろにしゃがんで、わたしの髪を洗い始めました。
自分で洗うのは手が疲れるだけですが、お兄ちゃんに洗ってもらうと、
ぼうっとするほど気持ち良くなりました。
シャワーで頭の泡を洗い流すと、今度はボディーソープをつけたスポンジで、
背中と腕をこすってくれました。
「前は自分で洗ってくれ」
わたしはスポンジを渡されました。
「お兄ちゃんの背中もこすってあげる」
わたしは、前と足を自分でこすってから、椅子の上で半回転しました。
お兄ちゃんの背中は、服を着ているときよりかえって広く見えました。
ボディーソープをスポンジに足して、お兄ちゃんの背中をこすり始めると、
お兄ちゃんは体を奇妙にくねらせました。
「うくくくく。もっとごしごしこすってくれ。
くすぐったくてたまらん」
「うん」
わたしは力を込めて、お兄ちゃんの背中を磨きました。
二人とも、泡だらけになりました。
お兄ちゃんの背中の泡を手桶に汲んだ湯船のお湯で流すと、
お兄ちゃんはシャワーのノズルを握ってこっちに向けました。
お兄ちゃんが、わたしの顔を狙ってシャワーのお湯を飛ばしてきたので、
椅子の上で体をひねろうとして、わたしはバランスを崩しました。
お尻が横にするりと滑って、湯船の縁で側頭部を強打しました。
目の前で火花が散り、わたしは床に伸びてしまいました。
「○○! ○○! 大丈夫かっ?」
意識ははっきりしていましたが、頭がずきずきして、視界が朦朧としました。
「だいじょうぶ……だと思う。このままで、いて」
お兄ちゃんは、わたしを胸に抱いたまま、しばらくじっとしていました。
「もう……良いみたい。寒くなってきちゃった」
お兄ちゃんは、わたしを抱き上げて、そのまま湯船に入りました。
お湯がいっぺんにザザーッと溢れました。
「ごめん。ふざけすぎた。こぶ、出来てないか?」
お兄ちゃんの指が、そっとわたしの頭を撫でました。
「痛っ!」
「ご、ごめん」
頭が痛いのに、お兄ちゃんに抱っこしてもらっていると、腹は立ちませんでした。
「いい。これぐらい平気」
わたしはお兄ちゃんの胸に抱きつきました。しあわせでした。
「そうか?」
わたしのお尻に、何か当たりました。
「なにこれ?」
無意識に伸ばそうとした手を、お兄ちゃんが途中で掴みました。
「いいから! 気にすんな」
有無を言わせぬ口調と握力でした。
わたしのお尻に回ったお兄ちゃんの腕が、わたしを押し上げました。
「俺はゆっくり浸かっていくから、お前は先に上がれ」
「うん……」
脱衣所でショーツを穿きながら、
当たったモノの正体が思い当たって、わたしは真っ赤になりました。