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Yさんは腕組みをして、わたしの後ろに立ちました。
わたしが棚の前に陣取って、ゆっくりと商品を眺めていると、
ぱりっとした制服を着た店員が近寄ってきました。
「なにかお探しですか?」
「あ……ちょっと、見てるだけです」
知らない人と話をすると、鼓動が早くなりました。
ちらりと振り返ると、Yさんがしかめっ面をして店員を睨んでいます。
そのせいか、店員はそそくさと立ち去りました。
「ありがとうございました」
「なにか気に入ったのあった?」
「はい」
結局、そこでクリーム色のカーディガンを買いました。
そのあと、ソックスと靴も買い込みました。
荷物を手に提げて歩きながら、Yさんが言いました。
「軽いモンばっかりだね。これじゃ荷物持ちが楽すぎる」
「お兄さんは、なにか買う物ないんですか?」
「今日は特にないなぁ。身だしなみに気を付けろってUがうるさいけど、
それより新しい交換レンズが欲しいよ。
バイト代が入っても、Uにたかられたら残るかどうか……」
「……搾取されてるんですね」
「搾取って……えらい難しい言葉使うね。
まだ中学じゃUもバイトするわけにはいかないし、
おねだりされるときだけは頼られるから悪い気はしないよ」
「お兄さんって、やっぱり優しい」
「アハハハハ、照れるな。
Uもそんな風に言ってくれるといいんだけどなぁ……。
あいつはきっついからなぁ」
「Uも本当は、感謝してると思います」
「だといいなぁ……ポンポン言われてばっかりだから、情けないよ」
それからしばらく、Uがいかに無鉄砲で怒らせると怖いか、
そんな話題で盛り上がりました。
深刻な顔で大袈裟に語るYさんに、わたしは笑いをこらえきれませんでした。
「ハハハハハ、こんな話してるのUにバレたら、殺されるね」
「くくくく、そうですね……あ、後ろにUが!」
わたしが背後を指さすと、Yさんはその場で凍りつきました。
「……というのは、ウソです」
わたしが舌を出して見せると、Yさんはがっくりと両膝に手をつきました。
「……心臓止まるかと思った。
そんな真面目な顔で冗談言われたら、本気にしてしまうよ」
Yさんは大きく胸で息をしていました。
「ごめんなさい……」
「あ、いや、冗談だったら気にしなくていい」
「お兄さん、甘い物は好きですか?」
「え? あ、まぁ好きだけど」
「じゃあ、お詫びにおごります」
わたしは先に立って、デパートの中の喫茶店に入りました。
「ちょ、ちょっと……」
Yさんが追いかけてきました。
「お2人ですか?」
ウェイトレスさんに尋ねられて、うなずきました。
Yさんはテーブルの向かい側の席に着くと、小声で言いました。
「ここ……女の人しか居ないね」
Yさんは首をすくめて、いかにも居心地が悪そうでした。
「ここはパフェが美味しいんです。
チョコレートパフェとフルーツパフェ、どっちが良いですか?」
「お、俺もパフェ食べるの?
……コーヒーか紅茶はないのかな?」
「ありますけど、ここに来てパフェを食べないなんて、犯罪です」
「犯罪?」
「犯罪は言い過ぎかもしれません。冒涜です」
「……わかった。チョコレートパフェ頼む」
横に控えたウェイトレスさんが、笑いをこらえていました。
「わたしも、チョコレートパフェお願いします」
ウェイトレスさんが引っ込むと、Yさんはグラスの水を飲みました。
「お兄さん、Uとはこんなところに来ないんですか?」
「……コーヒーショップとかハンバーガー屋だなぁ、いつも。
こんな高級そうな店には入らないよ」
その喫茶店は、壁といい調度品といい、19世紀風でした。
「じゃあ、今度はUと来てください。きっと喜びます。
ちょっと高いですけど……」
わたしがパフェの値段を口にすると、Yさんは「そんなに高いの?」と
目を剥きました。