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自分の性格に深刻な問題がある、とわたしが自覚したところで、
それだけではなんの解決にもなりません。

わたしは相変わらず、クラスの雰囲気から浮いていました。
好意的に見る人には、孤高を保っている、と思われたでしょう。
そうでない人には、傲慢に見下ろしているように映ったかもしれません。

実はそのどちらでもなく、硬い蟹のような甲羅の下に、
ひ弱な柔らかいわたしの心が隠されているのだ、と知っていたのは、
UとVの2人だけでした。

表面的には、わたしの態度はそれまでと変わりませんでした。
翌日、登校したわたしは教室に入って、UやVに挨拶しました。

どこからか、aさんがわたしを見ているかもしれない、とは思っても、
こちらから視線を探したりはしませんでした。

そういうわたしの態度が、aさんには余計腹立たしかったのではないか、
と今になって思います。

肌に当たる風が涼しくなり、秋がやって来ました。
わたしは相変わらず、暇さえあれば本ばかり読んでいました。

例外は、体育の授業中です。
グラウンドの隅の木陰で、授業を見学していなければなりません。

遠くで行われている体育の授業をぼんやり眺めながら、
わたしは制服にコートを羽織った姿で、思索に耽っていました。

体育を見学する女子は他にも居ましたけど、
その子たちは体操服に着替えて、離れた場所に固まっていました。

見学の際には体操服に着替えることが義務づけられていましたけど、
わたしだけは体を冷やさないようにと、義務を免除されていたのです。

中学の制服は、もうすっかり体に馴染んでいました。
小学校の頃、世界は単純でした。
中学になって、友達ができ、世界が広がったように思えました。

いえ、そうではなく、もともと世界は広大だったのでしょう。
わたしの視界が狭かっただけです。

気がつくと、体は大人に近づき、知識も増えていました。
でも、その知識を漁っても、広い世界で迷子にならないようにする方法は、
見つかりませんでした。

ふと、見知らぬ男子が、こちらに向かって歩いてくるのに気づきました。
授業中なのに制服を着ているので、サボっているのかと思いました。

近くまで来て、上級生だとわかりました。
先輩は、木にもたれかかっているわたしの横を素通りして、
芝生の上にごろりと横になりました。

先輩はわたしのほうを見ようともせずに、言い放ちました。

「邪魔だった?」

「いいえ……」

わたしがあいまいに答えると、先輩は気のない声で尋ねてきました。

「君も見学?」

「はい」

「ここ、日溜まりであったかいからね。体育館は寒くてやってらんない」

君「も」と言われて先輩の顔を見ると、唇の色が土気色でした。

「……先輩は、どこかお悪いんですか?」

「心臓が、ね」

そのまま先輩は目をつぶって、眠るように見えました。

「治るんですか?」

不用意な言葉を口にしてしまってから、わたしはハッとしました。

「治るさ、手術すれば、ね」

「良かった……」

「手術して生きていれば、だけどね」

まるで人ごとのような、何気ない口調でした。
まじまじと顔を見つめると、死人のような顔色です。

「恐く、ないんですか?」

「恐いに決まってる。でもまぁ、ジタバタしてもしょうがない。
 君も病気?」

「腎炎です」

「そう、それは知らないな」

話の継ぎ穂が折れて、静寂があたりを包みました。
なにを言っているのか判らないかけ声が、遠くから聞こえてきました。

先輩が寝ようとしているのに、起こしては悪い、と思って、
わたしは授業の見学を再開しました。
といっても、ただぼんやりと見ていただけですけど。

チャイムが鳴って、本当に寝てしまった先輩に声をかけました。
先輩は眠そうな目をこすりながらむっくり起きあがり、
「じゃ」と一言残して行ってしまいました。

それから、毎週1回、その体育の授業の時だけ、先輩と会いました。
先輩はいつもごろごろして、どうでも良いといった口調で、
ぽつりぽつりと取り留めのない話を振ってきました。

病気のことや、プライベートなことは、一切話題に上りませんでした。
わたしがなにを話しても、先輩は「ふぅん。面白いね」と、
ちっとも面白くなさそうに答えるのです。例外はありましたけど。

「先輩には、友達居ますか?」

「……なんでそんなこと訊く? 友達居なさそうに見えるか?」

「いえ……人間関係って難しいなぁ、って考えてました」

「友達ねぇ……居ないこともないけど、深く付き合う気はしない」

「淋しくないですか?」

先輩は初めて、目を見開いてわたしを見ました。

「淋しいさ。でもなぁ、深く付き合えば、別れが辛くなる、お互いに。
 心臓に爆弾抱えてるとさ、親友も彼女も作る気にならない。変か?」


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