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初潮が訪れたことを、わたしは両親に告げませんでした。
言ってもどうせ関心を示さないだろう、と思ったからです。
知っていたのは、その現場にいた先生とUとVだけでした。
それからの1週間はわたしにとって、文字通り憂鬱に沈む日々でした。
これから毎月こんなことが続くのか……と思うと、ため息が出ました。
2回目からは予想よりも、いくらか軽くなりましたけど。
その時わたしは教室で、いつものように机にへたばっていました。
ストーブの熱が届かない教室の片隅では、
肩が凝るほど制服の下に重ね着しないといけませんでした。
「なにしてんねん。帰るで○○。寝てるんか?」
「○○ちゃん帰ろうー?」
Uがわたしの肩をつかんでぐにぐにしました。
「起きてる……気持ち良い……もっと」
Uはさっと手を引っ込めました。
「気色わる! 変な声出しないな。寝惚けてるんか」
「むー」
わたしは不満を声に滲ませながら、立ち上がりました。
鞄を持って廊下をふらふら歩きだすと、Uが訊いてきました。
「寝不足かぁ? アンタもしかしてもう準備始めてるんやないやろな?」
「準備……なんの?」
わたしが首をかしげてみせると、Uはにやにやしました。
「わたしらにとぼけることないやん……
……て、ホンマに寝惚けてたんか?
今の時期に準備言うたらバレンタインしかないやん」
「聖バレンタイン・デー? チョコレート業界の陰謀の?」
Uは苦笑混じりの声で返しました。
「陰謀てなぁ……そらそうかもしれんけど……
アンタもどうせだれかさんにチョコあげるんやろ?」
「あげない」
「ホンマか!?」
「えええーーっ!?」
UとVは同時に、一大事が起こったみたいな驚愕の声を出しました。
「どうして驚くの?」
「兄ちゃんには、チョコあげてへんかったんか?」
Uはどうしても腑に落ちない様子でした。
「お兄ちゃん、甘いものが苦手だから。
バレンタインは、わたしがお兄ちゃんからチョコを貰う日だった」
「兄ちゃんのほうからチョコくれるんか? あべこべやないか?」
「お兄ちゃんは、外でチョコ貰ってくるでしょ。
捨てるわけにもいかないから、ぜんぶわたしがおやつに食べてたの。
1ヶ月ぐらいはおやつに不自由しなかった」
Vがよだれを垂らしそうな声で言いました。
「うわーーー、いいなあーーー」
Uはため息をつきました。
「ハァ……兄ぃが聞いたら泣いて首くくりそうな話やなぁ……
その話は兄ぃの前でせんとってな。
兄ぃはチョコ持って帰ってきたことあらへんねん」
自殺するほどまで重大なことだとは思えませんでしたけど、
わたしはとりあえずうなずきました。
「せやけど、それやったらホワイトデーのお返し大変だったんと違うか?」
わたしは頬をゆるめました。
「ホワイトデーの前にね、お兄ちゃんがクッキーを焼くの。
手作りだから材料代だけで済むでしょ?
焼きたてのクッキーは美味しかったなぁ……」
Vが餓死寸前のような、悲鳴に似た声をあげました。
「いいなあーーーーーーーー!!」
Uはげんなりした顔で、口を開きっぱなしにしていました。
しばらくしてやっと、疲れたような声で言いました。
「Vん家で集まってチョコ手作りする予定やったけど……
アンタは呼ばんでもええな?」
「え……? わたしだけ仲間はずれ?」
「アンタ来てもすることないやろ?」
「味見とか……」
「アンタが食べたいんかい!」
Vが横から割り込みました。
「○○ちゃんも呼ぼうよー。
その代わり○○ちゃんのお兄さんが焼いたクッキー、
ちょっとだけ分けてほしいなー」
「……まぁええけどな。チョコあげへんのやったら、
他のモノにしたらどないや?
チョコ以外にもお酒とかネクタイとか贈る人もおるで」
「……! それもそうね。
でも、お兄ちゃんはお酒好きみたいだけど、
お互い未成年なのに、お酒はまずいんじゃないかな?
ネクタイも、お兄ちゃんはまだスーツ着ないし」
「お酒とネクタイは例えばの話や」
「うーーーん……」
「本命やったら手作りの心のこもったんがええと思うけどな……
ぐずぐずしとったら準備の暇のうなってしまうで」
わたしはそれを、今夜の宿題にすることにしました。