109:


Uを通じて見る世界は、今まで自分が住んでいたのとは別世界でした。
お兄ちゃんと私しか居なかった世界に、風穴が空いたようでした。

「まぁアンタが気にせんちゅーんならどーでもエエんやけどな。
 変な噂が立ったらアンタの兄ちゃんにも迷惑かかるかもしれんで」

自分の噂には無関心でいられましたが、
お兄ちゃんに累が及ぶかもしれない、と聞いて胸がギクリとしました。

「それは……困る」

でも、肌身離さず持ち歩いていた写真を捨てるのは、躊躇われました。
逡巡して視線をさまよわせていると、じっと見ていたUが言いました。

「アンタなぁ……そんなしょぼくれた顔せんとき。
 なんやわたしがいじめてるみたいやん。
 ……しゃーないな。エエもんやろ」

Uも生徒手帳を取り出して、中から抜いた1枚の写真を差し出しました。
写真を見ると、妙に髪の長い男の人が写っていました。

「これ……Uのお兄さん?」

「……アホかアンタは。アンタの家にはテレビ無いんか?」

「あるけど、ニュースとかしか見ない」

「ドラマとかは見いへんのか?」

「ドラマはウソばっかりだから」

仲の良い家族の出てくるホームドラマは、特に苦手でした。

「ハァ……それやったら、俳優の名前言うてもどうせ覚える気ないやろな。
 この写真を兄ちゃんの写真の上に挟んどき。
 生徒手帳を落としでもせんかったら、兄ちゃんの写真には気づかれへんやろ」

「ありがとう」

「かめへんかめへん。後で利子つけて返してくれたらエエ。
 そんだけ大事にできる兄ちゃんがおって羨ましいわ。
 わたしにも兄ちゃんはおるけど、不細工でオタクやしなぁ。
 うちの兄ちゃんと交換してくれへんか?」

「嫌」

「……そんなマジな顔して言うことないやろ。冗談やのに」

「ごめんなさい」

「せやけどアンタも兄ちゃんには感謝したほうがエエで」

「うん。感謝してる」

「……ホンマにわかってるん?
 さっきアンタ、無視されてるのに気がつかへんかったって言うたやろ。
 普通やったらもっとわかりやすくいじめられてるで」

「どういうこと?」

「これはわたしの想像やけどな。
 アンタの兄ちゃんは友達が仰山おったやろ。
 兄ちゃんが可愛がってるアンタに手ぇ出したら、
 どこから仕返しされるかわからへんからな。
 わかりやすい嫌がらせをされへんかったんやと思うで」

「そうだったの……」

わたしは改めてお兄ちゃんに感謝しました。

「まぁ、アンタのその雰囲気のせいもあるやろけどな」

「雰囲気って?」

「アンタの兄ちゃんは、一緒におるだけでその場を暖かくするいう話や。
 アンタは反対に、周りが緊張して凍りつくもんなぁ。
 正反対やけど、独特の雰囲気持ってるいうところは兄妹やなあ思うわ」

「……なんだかしみじみと、酷いこと言ってない?」

「怒らんとき。ホンマのことやん。
 そのおかげでいじめられへんかったんやから、良かったやん」

「でも……だったらどうして、UとVは緊張してないの?」

「わたしは人の雰囲気に左右されるほど軟弱やあれへん。
 Vは……この子はいつもアッチの世界に片足突っ込んでるからなぁ」

「Uちゃん、それどーゆー意味ー?」

黙って話を聞いていたVが、緊張感の欠片もない抗議の声を上げました。

笑うUを見ながらわたしは内心、Uは我が強くて、
Vはペースが常人と違うのではないかと思いましたが、
この場では2人の変人ぶりを指摘しないほうが安全そうでした。

分かれ道を行ったり来たりしながら話し込んでいるうちに、
だいぶ遅い時間になっていました。

「ねぇ。もう足が疲れちゃったー。家においでよー?
 お菓子があるよー?」

すごい早業で、Uが伸び上がるようにしてVの頭をポカリとしました。

「いたいー。どうしてなぐるのー?」

「アホかアンタは。
 痛くするように叩いたんやから痛いのは当たり前や。
 そんな言い方されたらお菓子目当てで行くみたいやないか。
 わたしらはそんな意地汚くないで」

「うー。ごめんなさーい」

「まぁ、お菓子が出たらそのときは遠慮のう頂くけどな」

わたしは唖然として、見ているだけでした。


面白いですね!
2016-01-01 23:56:28 (8年前) No.1
よかった…ほんとよかったぁ
2017-10-13 00:35:39 (6年前) No.2
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