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「そんなこと言って……良いお兄さんじゃない」

「『お兄ちゃん』よりもか?」

逆襲のつもりか、からかうようにUが言いました。

「お兄ちゃんは別」

「即答かい! ホンマにブラコンなんやからアンタは」

Uと話していると、どうしてもしんみりした雰囲気にはなりません。
VはVで、我関せずといったふうにせっせと鶴を折っています。

「V! アンタもなに知らんぷりしてるんや」

「え〜? わたしにはお兄ちゃんいないしー」

「いっつもXさんのこと『おにーちゃん』て言うてるやんか」

「『おにーちゃん』は『おにーちゃん』で『お兄ちゃん』じゃないもん」

「同じや!!!」

「V、別に気を遣わなくていいよ。
 Vが幸せだとわたしたちも嬉しい。
 もっと、Xさんの話聞かせて」

「え〜〜〜? だって恥ずかしいー」

Vははにかんで、体をくねくねさせました。
確かに可愛らしいのですが、ちょっと不気味です。
Uがニヤリ、としました。

「ははぁん、そんならわたしの見てる時よりもっと恥ずかしいことを、
 陰でやってるわけやな?」

Vの挙動がますます不審になっていきます。
折ったり伸ばしたり、手元の折り紙はもう無茶苦茶です。
わたしはカマを掛けてみることにしました。
……といっても、V相手にあまり遠回しだと通じません。

「初めての時は、やさしくしてくれた?」

突然Vが立ちあがろう……としたところを、
いつの間にか後ろに回っていたUが覆い被さるようにして、
逃亡を未然に阻止しました。
UがVの耳元で囁きます。

「親友に隠し事はアカンなぁ。吐いたら楽になるでぇ」

「う〜〜」

「V……わたしには話してくれないんだ……」

わたしが気落ちしたふりをして見せると、Vも観念したようです。
身をよじらせていたのをやめて、ぽつりぽつりと語りはじめました。
よほど恥ずかしいのか、ずっと目が泳ぎっぱなしです。

「あ、あのね……はじめはとってもやさしくてー……
 だけどだんだんイジワルになってきてー……すごかったー……」

Uがぼそっと言いました。

「ケダモノ?」

わたしもつい、漏らしました。

「鬼畜?」

「ちーがーうー! いっぱいいっぱい『愛してる』っていってくれたのー。
 ……しあわせだったよー」

「うわ、すごっ」

「それは……羨ましいかも」

Vは両の手のひらを頬に当て、見開いた瞳がきらきらと輝いていて、
まさに幸せの絶頂に居るようでした。
弾けそうな喜びに包まれたVを見るのは、この時が最後だったかもしれません。

「それで……具体的にはどんなふうに?」

わたしはぐぐっと身を乗り出して、聞く気満々でした。
カーテンで仕切られた病室の一角が結界と化したかのような、
異様な雰囲気がその場を支配していました。

「えーーそんなのいえないーーー!」

Vが甲高い声で絶叫すると、カーテンがさっと引き開けられて、
年配の看護婦さんが顔を覗かせました。

「ちょっと、病室では静かにして。寝ている人も居るんですよ」

「はい……ごめんなさいー」

肝心なところで邪魔が入って、結界はあっさり破れました。
わたしとUはアイコンタクトを交わしました。

(いつか根掘り葉掘り聞き出さなくちゃ)

(もちろんや!)

入院しているあいだ、わたしのベッドの周りが賑やかだったのは、
こんなふうにUとVが居る時だけでした。
お兄ちゃんが来ている時は、静かな、微妙に張り詰めた空気が流れました。

お兄ちゃんはあれこれと話をしたり、冗談を言ってわたしを笑わせました。
けれど、ふと会話が途切れると、吸い寄せられるように、
互いの顔を黙って見ていることが多かったように思います。

何度見ても、お兄ちゃんの顔を見飽きることはありませんでした。
今思うと、わたしはいつも、やがて確実に訪れる別れの予感を、
心に抱いていたのかもしれません。


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