57:


わたしの作った旗は、白い布で巻いて、校庭の自分の椅子に持ってきていました。
担任の先生が通りかかって、わたしの前で立ち止まりました。
去年の担任と同じ先生でした。

「○○さん、それ、なあに?」

わたしは覆いを取って、旗を見せました。
先生は、口を丸くしました。

「……これ、あなたが作ったの?
 すごい手間がかかったでしょ?」

「はい。1週間掛かりました」

「こんな旗を持ってきたの、
 あなただけだって、わかってる?」

「……駄目、でしょうか……?」

「……授業中自分から絶対手を挙げないあなたが、
 こんな派手な旗を作ってきたから、先生びっくりしたの。
 なにか、訳があるの?」

「……お兄ちゃんに、見せたかったんです」

「え? お兄ちゃん来てるの?」

先生は辺りをきょろきょろしました。

「いえ……誰も、来ていません。
 でも、今日のことを、手紙に書こうと思ってます」

「そう……。
 …………。
 じゃ、先生が写真撮ってあげる」

「……え? いいんですか?」

「ふふふ。自分で旗を作ってくることになってるけど、
 どんな旗を作るかまでは決まってなかったからね。
 それに、卒業アルバム用に最初っから写真撮るつもりだったし。
 あなたの写真をアルバムに使うかどうかはわからないけど、
 現像できたら何枚かあげる」

「あ……あ、ありがとうございます、先生」

わたしは先生に、深々とお辞儀しました。

「いいっていいって。
 でも、みんなには内緒ね。依怙贔屓してるって言われるから」

「はい。わかりました」

「今日は、思いっきり頑張んなさい。
 ずっとお兄ちゃんが見てると思って」

先生は手をひらひらさせて、立ち去りました。

運動会が、始まりました。
わたしは、同級生の男子の応援団と一緒に、3年生のクラスに行きました。

男子が掛け声を出して、3年生の1クラスに応援の歓声を上げさせ、
わたしがそれに合わせて旗を振るのです。

午前中、玉入れのあいだを除いてずっと旗を振っていると、
腕がだるくなり、脚がぱんぱんに張ってきました。
それでも、お兄ちゃんが見ている、と思うと、力が湧いてきました。

お昼休みになって、先生がやってきました。

「○○さん、お弁当ある?」

「はい」

「じゃ、一緒に食べましょ」

先生は、わたしを校舎の裏に連れて行きました。
どうしてこんな、人の居ない所で食べるのだろう、とわたしは思いました。
わたしの不思議そうな顔を見て、先生が言いました。

「校庭で食べると、みんな寄ってくるからね。
 のんびり食べられないでしょ?」

花壇の縁に腰掛けて、お弁当を広げました。

「うわ……それ、あなたが作ったの?」

なんだか、朝と同じことを聞かれているようでした。

「はい」

「おかず、交換しない?」

「はい」

わたしは先生のお弁当の蓋に、卵焼きを載せました。
先生はそれを頬張って、言いました。

「わたしが作るより美味しいわね……。
 自分で料理覚えたの?

「お兄ちゃんに教わって、ずっと練習してきました」

先生は、優しいような、悲しいような、不思議な笑みを浮かべました。
それから先生に、美味しい出汁の取り方を教えました。

昼休みが終わりました。
午後には、応援合戦と徒競走があります。
競技の順番が進むにつれ、わたしはどきどきしてきました。

応援合戦では、両手にポンポンを付けて、みんな揃って踊りました。
応援合戦が終わって席に戻ると、
放送が、徒競走に出場する6年生は集合するように、と告げました。


残り127文字