264:



「駅の公衆電話から」

「……っておい、もしかしてこっちに来てるのか?」

不意を打たれたお兄ちゃんの、驚愕した顔が目に浮かんで、
わたしは久しぶりに心から笑いました。

「お兄ちゃん、びっくりした?」

「びっくりするに決まってるだろ! 迎えに行くからそこを動くなよ」

「だいじょうぶ。もう2度目だから、迷わない」

「いいからそこにいろ。すぐに行くから」

わたしの返事を待たずに、お兄ちゃんは電話を切ってしまいました。
わたしは駅の建物を出て、ひさしの下に立ちました。

駅を出入りする見知らぬ人たちが、わたしのそばを通り過ぎて行きました。
淋しくはありませんでした。
もうすぐお兄ちゃんに会える……と思うと、心が弾みました。

お兄ちゃんがどちらの方角から来るのかわからないので、
駅に集まるそれぞれの道に、均等に視線を移しながら……。

自転車に乗ったお兄ちゃんの顔が、遠くに見えました。
すごいスピードでした。
甲高いブレーキの音を響かせて、黒い自転車が目の前に停まりました。

「メリークリスマス、○○。荷物をこっちに寄こせ」

「メリークリスマス」

お兄ちゃんは古い自転車の前かごに、わたしのリュックサックを載せました。
わたしは荷台に座って、お兄ちゃんの腰に腕を回しました。

「お兄ちゃん、バイクはどうしたの?」

「ん? ああ、駅前だと自転車のほうが小回りがきくんだ」

自転車が走り出しました。

「○○」

「なあに? お兄ちゃん」

「……あっちで、なにかあったのか?」

「……どうして?」

「こないだ電話したとき、お前元気なかっただろう?」

「……後で話す」

わたしは内心、お兄ちゃんの鈍さに呆れました。
お婆ちゃんの家に着いて、お兄ちゃんといっしょに玄関に上がりました。
家の中は静かでした。

わたしはマフラーとコートを脱いで、
まず曾お婆ちゃんとお婆ちゃんに挨拶しました。
F兄ちゃんの姿が見えないので、お兄ちゃんに尋ねました。

「F兄ちゃんは?」

お兄ちゃんはにやっと笑って、わたしを手招きしました。
その後について、わたしはお兄ちゃんの部屋に入りました。

お兄ちゃんはベッドに腰を下ろし、わたしもその隣に座りました。

「F兄ちゃんにも彼女ぐらいいるさ。今夜はたぶん帰ってこないだろうな」

その意味するところはわたしにも解りました。

「驚いたか?」

わたしがこくこくうなずくと、お兄ちゃんは真面目な顔になりました。

「F兄ちゃんにも色々あるんだ。
 婆ちゃんが居る限り、彼女をここには連れて来れないらしい。
 大人の世界は大変みたいだ……」

お婆ちゃんとF兄ちゃんとその彼女さんのあいだには、
なにかよくわからない事情があるようでした。
わたしには、なんとも言いようがありませんでした。

「お兄ちゃんは、もう行かなくて良いの?」

「行くって、どこに?」

「今夜はパーティーがあるんでしょう?」

「婆ちゃんたちは夜が早いからさっさと寝てしまうし、
 お前が1人になっちゃうじゃないか。俺だけ行くわけにはいかないさ。
 急用ができたって言ってキャンセルしたよ。
 ケーキ買ってこないといけないけど……2人でパーティーするか」

お兄ちゃんと2人きりのクリスマスイブ……泣きたいほど魅力的でした。
その誘惑を振り払うのに、全力を振り絞らなければなりませんでした。

「それは……ダメ」

「ダメ?」

お兄ちゃんは不思議そうでした。
わたしは歯で噛んで吐き出すように、言いました。

「わたしは勝手に、突然やってきたの。
 わたしのために、前からの約束を破るのは、良くない。
 お兄ちゃんを招待してくれた人に、悪いよ」

「ん……それじゃ、お前もいっしょに行くか? 俺の友達に紹介するよ」

わたしはうなだれました。

「知らない人ばっかりだと、わたし、緊張しちゃう。
 遅くなっても、わたし、ここで待ってるから、行って来て。お兄ちゃん」

「そうか……じゃ、なるべく早く帰ってくる」

上着を羽織って出て行くお兄ちゃんを見送って、
わたしはお兄ちゃんのベッドで、お兄ちゃんのにおいを嗅ぎながら、
丸くなりました。


優しい( ^ω^ )
2016-08-06 18:16:32 (1年前) No.1
残り127文字