147:



夏休みに入るまで、b君と2人きりになることはありませんでした。
授業中も登下校中も、UやVがその場に居てくれたからです。
誰かがそばにいると、b君の態度は当たり障りのないものでした。

わたしの不安はじょじょに薄れてきました。
夏休みが始まれば、もうb君と学校で会うことはありません。

2学期が始まったらどうしようか、考えがまとまらなくて、
お兄ちゃんに手紙を書きました。

夏休みはいつ帰省するのか、相談したいことがあるので教えてほしい、
クラスの男子に好かれていつの間にか公認カップルになってしまった、
付き合い始めた覚えがないのに穏便に別れるにはどうしたらいいか、と。

わたしは図書館に行って、夏休みの宿題をすることにしました。
最近はUやVとのお喋りが増えて、図書館に通う回数は減っていました。

日射しが強くなっていたので、白いワンピースと麦わら帽子を身に着け、
布の手提げを持って出かけました。

図書館の建物の隣は小さな公園になっていて、
錆びかけたジャングルジムと小さなベンチ、それに緑の木立がありました。

図書館の前まで歩いてくると、少し息が切れて、汗をかいていました。
そのままで冷房の効きすぎた建物に入ると寒くなってしまうので、
汗が引くまで公園の木陰で休んでいこう、と思いました。

公園に足を踏み入れると、ベンチに座っていた人影が立ち上がりました。
その顔を見て、わたしは一瞬、夢を見ているのかと思いました。
立ち上がったのは、b君でした。

b君が歩いてきて、挨拶しました。

「おはよう。○○ちゃん」

b君は、黒いシャツ、学生ズボンとは違う真っ黒いズボン、黒い靴と、
上から下まで黒ずくめでした。

わたしは機械的に返事をしていました。

「おはよう、ございます」

「図書館に行くんだろ? いっしょに行こう」

「……どうして、わたしが来ると、わかったの?」

「なんとなくね、ここに居れば会えると思ってさ。
 予想通りだった」

b君が、嬉しそうににっこりしました。

わたしは夏の日射しに晒されているのに、暑さを感じませんでした。
それどころか、腋の下に冷たい汗をかきはじめました。

わたしはb君に連れられて、図書館の中に入りました。
カウンターで借りていた本を返却し、テーブルの席に着きました。
勉強道具を広げると、b君は向かい側からただわたしを見ています。

わたしはb君に囁きかけました。

「本、読まないの?」

「そうだね。何か探してくるよ」

b君が席を立って、書架の間に消えて行きました。

わたしは廊下に出て、公衆電話を探しました。
ダイヤルボタンを押して、呼び出し音が聞こえてくるまで、
長い時間がかかったような気がしました。

「もしもし?」

「U? わたし○○」

「どないしたん? そないあわてて」

「今、図書館に居るの。来てくれない?」

「ハァ? これから出かけるトコやねんけど……」

「お願い」

b君に立ち聞きされるかもしれないと思うと、迂闊なことは口にできません。

「……よっしゃ。ちょっと時間かかるけど、待っとり。話は後で聞くわ」

電話を切って、お手洗いに行き、ハンカチで汗を拭いて、席に戻りました。
b君はすでに、向かい側の席に戻っていました。

「どこに行ってたの? 姿が見えないから探しちゃったよ」

「ちょっと……お手洗いに」

「あ、ゴメンゴメン。ここ、冷房効きすぎだもんね」

周りの席から、しっ、という音がしました。

「私語は禁止だから、黙りましょ」

それからは、無言で夏休みの宿題に目を通しました。
でも、ちっとも文章が頭に入りません。
そのうちに、本当にわたしは気分が悪くなってきました。

b君が囁きかけてきました。

「○○ちゃん? 顔色が真っ青だよ? 気持ち悪いの?」

わたしがうなずくと、b君は立ち上がりました。

「ここに居るとまずい。外に出よう」

Uが来るのに、このまま帰ってしまうわけにはいきません。
でもb君は、広げられていたわたしの荷物を手提げに仕舞い、
両手で肩を掴んでわたしを立ち上がらせました。


こええ
2016-08-27 01:40:13 (7年前) No.1
残り127文字