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デパートに入って、UとVを先頭にした散策が始まりました。
「U、どこ行くの?」
わたしがデパートで買い物をする時は、最短時間で目的を済ませて、
後は書籍フロアに移動するのが常でした。
「たっぷり時間あるんやから、一回り冷やかそか」
売り場に陳列された商品に、UやVが遠慮のない批評を加えていきます。
わたしは店員に声が聞こえるのではないか、と気を揉みました。
「何か買いたい物はないの?」
そうUに尋ねると、Uは気味の悪い笑みを浮かべました。
「んふふふふふ……夏は、海や! やっぱり新しい水着を買わんとな」
忙しく視線を走らせていたVも賛成しました。
「そうだねー、去年のがもう着られなくなったよー。
○○ちゃんもいっしょに買おうよー」
「無理……わたしは、運動を禁止されてるから」
「泳がなくても海に行くだけで楽しいよー? ねーねー」
「日射しが強いと、肌が真っ赤になるし、貧血起こしちゃう」
「むーー」
「そやなぁ……海があかんのやったら、室内プールがエエんちゃう?
アンタが来ぃへんとおもろないしなぁ」
UとVは、わたしを置いて2人でキャンプに行ったことを、
気にしているのだろうか、と思いました。
「プールじゃ面白くないでしょ?」
「そんなことあらへん。ウオータースライダーもあるしな。
温泉のあるとこもあるらしいで。温泉はアンタにもエエんちゃう?」
「温泉……いいかも」
「よっしゃ、決まりやな。今日はアンタに水着選んだるわ」
「わたしとお揃いにしないー?」
「それは遠慮する」
Vとお揃いにしたら、わたしが浮いてしまうのは目に見えています。
「そろそろお昼にしよか」
「もう?」
「混んでくる前に、場所取らんとな」
目立たない場所にある休憩所には、ベンチがいくつもありました。
お兄ちゃんたち男性陣もやってきましたが、
3人とも初対面同士のせいか、まだぎこちない雰囲気でした。
お兄ちゃんが自動販売機で缶入りのお茶を買っているあいだに、
わたしが鞄を開けると、中には4段重ねの重箱が入っていました。
「○○ちゃんのお弁当すごいねー」
Vが感心したように声をあげました。わたしも実は驚いていました。
とても2人では食べきれません。3〜4人で食べるような量でした。
蓋を開けると、さっそくYさんが覗き込んできました。
「美味しそうだね。お母さんが作ったの?」
「いえ……」
「へぇ。その卵焼き、綺麗に焼けてて美味しそうだね。1個くれない?」
「わたしもー」
「兄ぃ! 卵焼きやったらこっちにもあるやろ! 意地汚いで」
「お袋の卵焼きにも飽きた。時々失敗して焦げてるしな」
Yさんの手のひらに卵焼きを1個のせてあげると、一口で食べられました。
「んーダシがきいてて美味しい。
○○ちゃん料理上手いんだね。Uにも教えてやってよ」
Uを見ると、顔色が変わっていました。わたしはあわてて言いました。
「お兄さん、違います」
Yさんはわたしの否定を聞き流して、お兄ちゃんに顔を向けました。
「△△さん、妹さんをうちのと交換しませんか?」
お兄ちゃんが返事をするより早く、Uが立ち上がりました。
「兄ぃのバカー! もう二度と作ったらへん!」
Uはそれだけ言って走り去りました。
その場に残された一同は唖然として、引き留めることもできませんでした。
「……お兄さん、さっきのは冗談だったんでしょう?」
「……そやけど、アイツなんであんなに怒るんや?」
Yさんは、見るからにうろたえていました。
「このお弁当を作ったのは、わたしじゃなくて、お兄ちゃんです。
それに……そのお弁当を作ったのは、きっとUです」
「え? アイツそんなこと一言も……」
「とにかく、追いかけてください」
「……アイツ、どこに行ったんやろ」
わたしはしばらく考えました。
「Uはわたしたちを放り出して、家に帰るような子じゃありません。
たぶん……トイレです。顔を洗ってると思います」
「……? でも、女子トイレには入れないよ」
「一番近くの女子トイレの前で、待ってれば良いです」
「ありがと」
Yさんは立ち上がって、駆けて行きました。