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温泉は、別棟に集められていました。水着のまま入ることができます。
口を密封できる四角いビニール袋に、財布やヨットパーカーを入れて、
温泉棟に持ち込みました。
わたしはそれまで本物の温泉に入ったことがなかったせいか、
お兄ちゃんと肩を並べて中に入ってみて、目を丸くしました。
さまざまな種類のコーナーがぐるりと並んでいます。
お兄ちゃんは汗を流したいと言って、まずサウナ風呂の小部屋に入りました。
わたしも続いて入ってみると、顔にちくちくする熱を感じました。
「○○はふつうの温泉のほうが良いだろ」
わたしはサウナ風呂から出て、順番に試してみることにしました。
水風呂は爪先だけ入れて、冷たかったのでパスしました。
電気風呂は本当にビリビリしたので、あわてて飛び出ました。
透明な温泉や濁った温泉に入りましたが、特に気持ちの良かったのは、
滝のようにお湯が落ちてくる打たせ湯でした。
お湯の流れが肩に当たるようにすると、肩を揉まれているようでした。
だいぶ時間がたって、お兄ちゃんがサウナ風呂から出てきました。
お兄ちゃんはお湯をかぶっていきなり水風呂に入ったので、
ショックで心臓が止まらないかと、わたしのほうがドキンとしました。
お兄ちゃんが水風呂を出て、わたしのほうに歩いてきました。
「○○、顔赤いぞ。のぼせてないか?」
しゃがんでいたわたしが立ち上がると、目の前の光景がゆらゆらして、
思わず壁に手を突きました。
「おい!」
お兄ちゃんがあわてた声を出しました。
「だいじょうぶ。ちょっとくらくらするだけ」
「いいからそのまま動くな」
お兄ちゃんはいきなり、ヨットパーカーをわたしにかぶせました。
「服が濡れちゃうよ?」
返事はなく、太股を両方とも片手で抱えられて、担ぎ上げられました。
「お兄ちゃん?」
お兄ちゃんはわたしを担いだまま、小走りで温泉棟を出ていきました。
わたしは頭がぐるぐる回るようで、口が利けなくなりました。
プール脇の寝椅子に寝かされて、頬をぺちぺち叩かれました。
「○○、だいじょうぶか?」
「……気持ち悪い」
湯当たりしたせいか、胸がむかむかしました。
そのまま目をつぶっていると、頭に冷たいものが当たりました。
「かき氷だ。食べられるなら食べたほうがいい」
しばらく頭と体を冷ましていると、気分が良くなってきました。
わたしは身を起こして、溶けかけた甘いかき氷を飲みました。
「よくなったか?」
「うん……服、乾いたかな」
「さっきはゴメンな。仕方なかったんだ」
「なにが……?」
「あのな……水着、透けてたんだ」
「え?」
顔を上げて見ると、お兄ちゃんは照れくさそうに目を泳がせました。
「そういう水着のときは、下になにか重ねないとまずいんじゃないか?」
プールの水に入らなくても、温泉のお湯に浸かれば透けるのは当然でした。
「みんなに見られた……かな?」
知らない人にまで、透けているのを見られたかと思うと、
顔がカアッと熱くなりました。
「だいじょうぶだと思うけどな……」
それからわたしは、ずっとヨットパーカーを着ていました。
Uたち4人が帰ってきて、6人でオープンカフェに行ったときも、
どうにも気恥ずかしくて、わたしとお兄ちゃんは言葉少なでした。
Uがひそひそ声で囁きかけてきました。
「○○、さっきからおかしいんとちゃう?」
「え?」
「アンタも兄ちゃんも、ずっと黙ってるし……なんかあったんか?」
「べ、別に……ちょっと疲れた、かな?」
「そうか……? このあと温泉にでも行ってのんびりしよか」
「あ、温泉は、さっき入ってきた。もう十分」
やましいことはないのに、舌がもつれてしどろもどろになりました。
その後、温泉に行って戻ってきても、UやVはまだまだ元気でしたが、
Yさんが「疲れた……ぼちぼち帰ろう」と提案しました。
Uは「軟弱モン……」とぶつぶつこぼしながらも、
わたしを気遣ったのか、Yさんに賛成しました。
帰りの電車で席に座ってみると、実際にわたしは疲れていました。
家に帰ってから食事に時間をかける元気はなかったので、
みんなといっしょにファミレスに寄って夕食にしました。
お兄ちゃんは1人で3人前のメニューを注文して、みんなを驚かせました。
わたしはその中から、塩分の少ないメニューを0.5人前分けてもらいました。
家に着いた頃には、わたしの目蓋はくっつきかけていました。
お風呂に入るとまた寝てしまいそうだったので、軽くシャワーを浴びました。
風呂場を出てすぐにパジャマに着替え、なんとか自分の部屋に戻ると、
お兄ちゃんがドライヤーを持ってやってきました。
「髪の毛が濡れたままだとくしゃくしゃになるぞ。乾かしてやる」