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わたしはスポンジを洗って、ボディーシャンプーでよく泡立て、
ごしごしとお兄ちゃんの背中をこすりはじめました。

「背中、硬いね……かちかち」

「ああ……」

お兄ちゃんは、気の抜けた返事しかしてくれませんでした。
わたしは黙々と背中、肩、首、脇腹を磨きました。

もう一度スポンジを泡立てて、お腹を洗おうとすると、
お兄ちゃんの背中に、自然と密着する体勢になりました。
まるで後ろから抱きついて、頬ずりしているみたいに……。

スポンジを左右の手で持ち替えながら、胸、首まで撫で上げました。
こすって乳首が痛いといけないので、ゆっくりと。

次は、いよいよ下腹部です。お兄ちゃんに触れている部分がすべて、
どっくんどっくん脈打つ心臓になったような気がしました。

おへその下を何度も左右に往復してから、スポンジを落としました。
両手でお腹の泡を集めて……手のひらをそろそろと下に……。

その時、お兄ちゃんの手のひらが、わたしの手首を掴みました。
痛いぐらいにがっちりと握られて、身動きできません。

「お兄ちゃん……? 洗えないよ」

「ここは……もういい。後は、自分でやる。
 お前は…………先に上がれ。湯冷めする。
 俺はのんびりしてるから、先に寝ててくれ」

険しい声でそう言って、お兄ちゃんはハアハアと苦しげに息をしました。
手首を解放されて、わたしは立ち上がりました。
振り向いてもくれない大きな背中が、わたしを拒絶しているようでした。

わたしは掛け湯して体に付いた泡を落とし、息を詰め、足音を忍ばせて、
脱衣場に出ました。今ごろになって、体ががくがくしてきました。

小刻みに震える指で、パジャマのリボンを結ぶのに苦労し、
階段を上がる時には、膝が笑ってしまって、手すりに頼りました。

わたしは自分の部屋のベッドに身を投げて、うつぶせになりました。
熱狂していた時間が過ぎ去ると、お風呂場での行為が嘘のようでした。
唇を指でなぞって、少し苦かった大人のキスの味を思い返しました。

どうしてこんなことになったのだろう……。
キスもその後のことも、どうしようもない波に乗ったみたいでした。

その時はそれしか道がないように思えて、終わってみると、
取り返しのつかない事をしてしまった気分にさいなまされています。

「先に寝ててくれ」というお兄ちゃんの命令は、
「今夜はもう、お前とは顔を合わせたくない」という意味でしょう……。

朝になって、お兄ちゃんがまた笑いかけてくれるか、不安でした。
目も合わせてくれなくなったら……と思うと、胸が潰れそうでした。

やがて、お兄ちゃんが階段を上がってくる足音を感じても、
わたしは身じろぎ1つしませんでした

どれぐらいの時間そうしていたのか……ハッと思い出しました。
お兄ちゃんが、寝る前にクリスマスプレゼントとお土産を渡す、
と言っていたことを。

お風呂場での出来事は、なにも無かったことにしなければならない、
と思いました。……なにも無かったようにわたしが振る舞えば、
お兄ちゃんも忘れてくれるかもしれません。

時計を見ると、いつの間にかずいぶん遅い時間になっていました。
お兄ちゃんはもう、眠っているかもしれませんでした。

わたしはベッドから起き上がって、足を踏み出しました。
廊下を挟んだお兄ちゃんの部屋までの道のりが、はるか遠くに思えました。
一歩一歩を慎重に運んで……逡巡しながらたどり着きました。

ノックして、声を掛けました。

「お兄ちゃん……」

「……なんだ?」

返ってきたのは、感情を押し殺したような、硬い声でした。

「入って良い?」

「…………もう、寝たほうがいい」

「プレゼントとお土産、寝る前に渡してくれないの?」

「あ……そうか。入れ」

わたしが中に入ると、お兄ちゃんは灯りを点けました。

「……お前、その格好……」

スエットシャツとパンツを身に着けたお兄ちゃんが、
わたしを見て、目を見開いて愕然としました。

「……変?」

「可愛い……」

「可愛い? ホント?」

思わず顔が熱く火照って、両手を頬に当てました。

「……可愛すぎる……お前、そんな趣味あったか?」

「さっき、Vから貰った。Vが昔着てたんだって。
 可愛いなら、わたしもこういうの買う……」

「あ……それはちょっと……」

お兄ちゃんが言葉を濁したのが、わたしの熱を冷ましました。

やっぱりわたしには、こういうリボンやレースがいっぱい付いた、
ふりふりの可愛いパジャマは似合わないのか……。

わたしがうなだれると、お兄ちゃんはあわててフォローしました。

「いや、似合うって!」

そう言いながらも、お兄ちゃんはわたしを見ずに、視線を泳がせています。

「気休め……」

「違う違う。ただ……もっとこう、シンプルなのがお前らしいかな?
 そういうのは、なんかお前のイメージじゃない気がして……」

「着替えてくる」

背を向けて歩きだそうとすると、お兄ちゃんに制止されました。

「……待て。せっかくの友達からのプレゼントなんだから、
 今夜はそのままで居ろよ。記念写真撮らないと勿体ない……」

カメラの前でポーズを取りながら、考えました。
結局お兄ちゃんは、このパジャマが気に入ったのだろうか?
やっぱりいつものシンプルなデザインのほうが良いのだろうか?
データが矛盾していて、結論は出ませんでした。


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