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お兄ちゃんと2人で、夜風に当たりながら夜景を眺めていました。
やがてお兄ちゃんは、バイクのタンクにくくりつけたバッグから、
スクイズボトルを出して持ってきました。

お兄ちゃんはストロー口をくわえてごくごく飲んでから、
わたしにボトルを手渡しました。

「喉渇いただろ。飲めよ」

「ありがとう」

口を付けて吸ってみると、生ぬるいスポーツドリンクでしたけど、
喉がからからに渇いていたせいか、とても美味しく感じられました。

帰り道のコーナーリングは、往路でさんざん慣らされたせいか、
それとも恐怖心のストックがもう尽きてしまったのか、
お兄ちゃんと一体になって駆け抜けるのを楽しむことができました。

お兄ちゃんといっしょなら、どこまでも走っていけるような気がしました。
もちろんそれは錯覚で、あっという間に家に着いてしまったのですけど。

夜も更けていたので、その日はシャワーで汗を流してから、
はやばやとベッドに入りました。

ベッドの中で、タオルケットにくるまって、ツーリングの興奮を思い出しました。
お兄ちゃんの言った「面白い」という意味、血が騒ぐような感覚を……。

一夜明けると、昨日とは違う日が始まるような気がしました。
世界が変わったのではなくて、わたし自身が昨日とは少し変わったような。
これが大人になっていくということだろうか、と思いました。

お兄ちゃんと過ごす日常は、新鮮でした。
いっしょにいろんな所に出かけて、いろんな景色を見れば、
わたしはもっともっと変わっていく……そんな気がしました。

お兄ちゃんといっしょだと、思い切り息を吸い込んで、
そのまま息を詰めているような、もどかしいような、期待感がありました。
居間のソファーで、2人なにをするでもなく、ぼんやりしている時でさえ。

その日わたしはいつの間にか、居眠りをしていました。
ふと目を覚ますと、お兄ちゃんが居ません。
買い物にでも出かけたんだろうか、と眠い目をこすりながら考えました。

玄関でチャイムが鳴りました。
こんな時間に誰だろう、と首をかしげました。
セールスだったら嫌だなぁ、と思いながらドアを開けました。

満面の笑顔をしたお兄ちゃん……と一瞬見違えました。
お兄ちゃんにそっくりな、でも中学生時代のお兄ちゃんでした。

「○○姉ちゃん?」

声まで、お兄ちゃんそっくりでした。

「H……クン?」

「やっぱりそうか。久しぶりやなぁ……」

Hクンが中に入ってきました。わたしはぽかんとして、顔を見つめました。

「○○姉ちゃん、上がってええか?」

「あ、あ……うん。上がって」

わたしと変わらなかったHクンの背は、2年のあいだに伸びていました。
靴を脱いで上がってきたHクンの顔を、見上げなければならないほどに。

「どうしたん? そんなにビックリしたんか?」

「びっくり……した。どうしたの? 急に」

Hクンが家に来るなんて、わたしはなにも聞いていませんでした。
Hクンはきょろきょろと目をそらして、関係ないことを言いました。

「○○姉ちゃんはホンマに変わったなぁ。見違えたわ。
 髪そんな短いなんて知らんかった。
 俺は長い髪しか覚えてへんかったから……」

Hクンが右手を挙げて、わたしの髪に触ろうとしました。
わたしは無意識に、飛び退いていました。
肩ががちがちに強張っているのに気が付いて、自分の胸を抱きました。

Hクンがバツの悪そうな顔をして、腕を下ろしました。

「あ……ごめん」

「あ……いいの。居間で待ってて。冷たいお茶淹れるから」

わたしはくるりと背を向けて、台所に急ぎました。
冷蔵庫から氷を出して、アイスティーを作りながら、考えました。
Hクンは従弟なんだし、本当は弟なんだから、恐れる必要はない、と。

リビングのソファーで手持ちぶさたにしているHクンのところに、
お盆に載せたアイスティーを持っていきました。

喉が渇いていたのか、Hクンはストローも使わずに、ごくごく飲みました。
何気ない仕草まで、お兄ちゃんに似ていました。
わたしが向かいに座って黙って見ていると、Hクンは目を伏せて呟きました。

「俺……来たらアカンかったかな?」

「え? そんなこと、ないけど」

「俺、○○姉ちゃんに会えてめっちゃ嬉しかったんやけど……
 姉ちゃんはそうやないみたいやし……」

「あ……ちょっと、びっくりしただけ。
 わたしもHクンにまた会えて、嬉しいよ」

わたしは努力して、微笑みを作りました。Hクンの顔が、パッと明るくなりました。

「ホンマ? 俺なぁ、ずっと○○姉ちゃんに会いたかった」

眩しいほどの、翳りのない笑顔でした。


H君変態
2017-12-15 20:49:57 (5ヵ月前) No.1
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