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お兄さんに言われてみて、ハッと胸を突かれました。
今日はまだ一度も、お兄ちゃんを思い出していなかったのです。
遊園地には、お兄ちゃんと一緒に来たかった、と思いました。
ジェットコースターから、UとVが降りてきました。
「おもしろかったー!」
「○○、ぼーっとしてどないしたん? 兄ぃになんかされたんか?」
「……え? 何も」
「するわけないやろ!」
「……まぁエエわ。暗くなってきたし、ボチボチ帰るか?」
「えーもう帰るのー?」
VがUに文句を言いました。
わたしは、観覧車を見上げました。
お兄さんが、その視線に気づきました。
「○○ちゃん、観覧車に乗りたいの?」
「……はい」
「ほなら、4人で最後に乗ろか?」
「さんせーい!」
4人でぞろぞろと、観覧車の下に移動しました。
行列に並んでいると、お兄ちゃんと一緒に行った港を思い出しました。
4人乗りのゴンドラに、一緒に乗り込みました。
向かい側がお兄さん、左隣がUでした。
夕暮れの街を見下ろしながら、わたしは物思いに耽りました。
前に観覧車に乗った時の悲しみを思い出して、胸がふさがりました。
「……っ……っ……○○っ!」
Uの呼ぶ声にハッと気が付いて、わたしは振り向きました。
「アンタ、なんぼ呼んでも返事せんと、どないしたん?
……って、アンタ、泣いてるのん?」
「……え?」
思わず指を頬にやると、濡れていました。
「あれ……? おかしいな。
今日はとっても楽しかったから、泣くはずないのに……」
「○○ちゃん、それ嬉し涙だよー。よかったねー」
「……うん、みんな、ありがとう」
「そうか。そんだけ喜んでくれたらわたしらも嬉しいわ」
お兄さんは、黙ってわたしの顔を見ていました。
わたしは恥ずかしくなって、ハンカチで顔を拭きました。
ゲートを出て振り返ると、遊園地は闇の中に建つ光の城のようでした。
わたしは、いつかお兄ちゃんと一緒に来よう、と思いました。
帰りの電車を降りる時、お兄さんが言いました。
「だいぶ遅くなったし、ご飯食べて帰るか?」
「兄ぃ、おごってくれるのん?」
「……この際だからな」
「いつもケチやのに、今日は珍しなぁ?」
「やったー!」
Vは一番育ちが良いはずなのに、そんなにお腹が空いてるんだろうか、
とわたしは思いました。
案内されたのは、駅から少し歩いた所にある、ファミリーレストランでした。
「なんや……ファミレスかいな。シケてるなー」
「ほっとけ。学生に何期待してるんや」
確か、Uはステーキ定食を、Vはデラックスハンバーグ定食を注文しました。
わたしは、とろろご飯定食を頼みました。
お兄さんは、心配したように声をかけてきました。
「○○ちゃん、それだけで足りるの?
まぁ、Uみたいに肉ばっかり食うのもアレだけど」
「はい。今日は胸がいっぱいです」
「兄ぃ! 黙って聞いてたら何言うんや!」
「お前は黙ってたことなんか無いやないか」
「あの……ケンカは……」
「気にせんとき。これぐらいは兄妹のコミュニケーションのうちや」
「お前なぁ……そんならちょっとは手加減せぇよ」
「ごちゃごちゃ言わんとき。男やろ?」
「女扱いしたら怒るくせに……」
「なんか言うたか?」
「……別に」
見ていると、お兄さんはUに虐待されているようでした。
食事の後、UとVはデザートにパフェを頼みました。
「U、V、まだ食べるの?」
お兄さんは、2人掛かりでお金を搾り取られているようでした。
「パフェ美味しいよー?」
「成長期やからなぁ。アンタももっと食べんと育たへんで?」
「う……」
UもVも、すでにかなり胸が育っていました。
でも、わたしはこれ以上入りそうになかったので、日本茶を頼みました。
デザートが来るまでのあいだに、Uがトイレに立ちました。
そうすると、お兄さんが声をひそめてわたしとVに囁きました。
「ちょっと、2人に話があるんだけど……」