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バイクで遠ざかるお兄ちゃんの背中を見送ってから、
わたしは振り返りました。

「知ってたの……? 2人とも」

偶然にしては、あまりにもタイミングが合いすぎていました。

「なにがー?」

Vはなにを訊かれているのか、よくわかっていないようでした。
一方でUは、唇を変な形にして含み笑いしました。

「なんや、兄ちゃんから聞いてへんかったんか?
 兄ちゃんに電話で頼まれたんや、
 アンタの足の具合悪いから学校で世話したってくれ、て。
 送り迎えしてくれるやなんて、ホンマ優しいええ兄ちゃんやなぁ」

Uが感極まった風に言葉を結ぶと、Vも大きくうなずきました。

「そうだったの……ありがとう」

とは言っても、わたしだけが直前まで知らされていなかったのは、
なんとも釈然としませんでした。

UとVに左右から挟まれるようにして、わたしは新しい教室に足を運びました。
残念なことに今年も、UとVはわたしとは別のクラスでした。

新しい教室、新しい担任、そして、見慣れない新しいクラスメイトたち……。
顔なじみの多い病院よりも、居心地が悪いような気がしました。
もう3年生になってしまったのか……時間の流れが速すぎる、と思いました。

始業式の後、ロングホームルームが終わって、
わたしはぼんやり黒板を見ていました。

ふと気が付くと、机の周りを女子の一団に包囲されていました。
1人1人見回しても、見慣れた顔がありません。
なにが起こるのだろう、とわたしは当惑しました。

沈黙を守っていると、その中の1人が、おもねるように話しかけてきました。

「××さん?」

「なんですか?」

ホームルームの時間に自己紹介があったはずですけど、
じっくり顔を見つめても、相手の名前を思い出せませんでした。

「あの……えっと、朝見てたんだけど、あのバイクの男の人、誰なの?」

その興味津々といった瞳が、無性に気に障りました。

「兄です」

「へえー、格好いいお兄さんね。××さん、よかったら一緒に帰らない?」

どうやらこの人は、わたしよりお兄ちゃんの方に興味があるようです。
わたしは鞄を掴んで立ち上がりました。

「いや」

はっきり聞こえるようにそう言って、その人の脇を通り抜けました。
輪になった人たちは呆気にとられたのか、固まったまま動きませんでした。
廊下に出ると、UとVがちょうど迎えに来たところでした。

「○○、兄ちゃんの迎えが来るまで門のトコで時間つぶそか……
 て、どないしたん? 今日は特に目つき悪いな」

「こ、こわいよー」

「……なんでもない」

校門のそばの花壇のブロックに腰掛けて、
新しいクラスのことや、UとVが入る学習塾のことを話しました。

ブロロロロという低音が響いて、お兄ちゃんのバイクが迎えに来ました。
この時期の記憶の中では、朝夕のバイク通学が唯一の胸躍る想い出になりました。

わたしの体は蓄積する疲労と倦怠感に蝕まれていました。
教室では顔を上げて座っているのも困難でした。
授業中ずっと、机に顔を伏せて腕を枕にしているのが当たり前でした。

登下校の際のそれぞれわずか10分ほどでしかない、
わたしの心の中にだけある蜜月は、長くは続きませんでした。

3週間も経たないうちに、尿検査の結果がまた悪化しました。
これで3回目の入院です。病院から帰って、荷造りをしました。
帰宅したお兄ちゃんに入院することになったと告げると、
お兄ちゃんは明るい口調で言いました。

「……そっか。先生の言うこと聞いて早く治るといいな……。
 退院したらお祝いしよう」

でも、その時のお兄ちゃんの顔は翳っていました。
お兄ちゃんはもっとなにか言いたげでしたが、そのまま口をつぐみました。

「うん……」

すまなそうな表情をしているお兄ちゃんに、
そんな顔しなくていいのに、と言ってあげたかったのですが、
喉の奥が詰まってしまって、言葉を続けられませんでした。


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