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女子たちの姿を見ると、ジャージと旅館の浴衣が半々ぐらいでした。
私物のパジャマの持ち込みが、学校側から禁止されていたせいでしょう。
わたしは縞模様の浴衣が珍しかったので、着てみることにしました。

男子の居ない部屋に行って、着替えをしました。
簡単に帯を締めて戻ってくると、UとVがわたしを見て笑い出しました。

「ぷぷぷっ、アンタ、帯が下過ぎるで」

「…………」

襟元もゆるゆるでした。
Vが着付けを手伝ってくれて、ようやくそれらしい格好になりました。

3人でお互いにマッサージしたり、Vが持ち込んだお菓子を食べていると、
消灯時間になりました。
遊びに来ていた男子たちは、窓から出て外壁伝いに帰っていきました。

布団を並べて敷いて、天井の電灯が小さなランプだけになりましたが、
誰ひとりとして寝てしまう子はいませんでした。
Uが話していた、林間学校のメインイベントの始まりです。

同じクラスの女子たちが全員、1つの部屋に集まってきました。
もしかしたら他のクラスの女子も、何人か混じっていたかもしれません。

辺りは薄暗くて、お互いの顔がやっと見分けられるぐらいでした。
密集しすぎて、布団を敷き詰めた上に寝そべるスペースもありません。
声をひそめて囁きあう微かなざわめきが、異様な雰囲気を醸しました。

人数が多すぎて、収拾がつかなくなるんじゃないか、と思いましたが、
司会役というか仕切り役を、aさんが買って出ました。

議題は、Uの予想通り、好きな男の子の話と猥談でした。
普段なら口に出さないような秘め事が、場の雰囲気に流されて出てきました。

この雰囲気に包まれていると、今さら逃げ出すわけにもいきません。
わたしたち3人の順番は、部屋の隅に居たので最後になりそうでした。

好きな男の子の名前で意外な告白があったり、
真面目そうな女の子が頻繁にオナニーしていることをばらしたりすると、
部屋中で押し殺した歓声があがりました。
未だにオナニー自体を知らない女子が居たのには、わたしも驚きました。

密かに盛り上がる中、3人のうち最初に話しはじめたのは、Vでした。
aさんがVに尋ねました。

「Vさん、オナニーは知ってるよね?」

「いやぁーーわたしそんなことできなーい!」

Vが頭を振って身をのたくらせると、周りの温度が少し下がりました。
わたしは内心、「オマエは何歳だ?」と冷たく突っ込みを入れました。

aさんも呆れた様子でしたが、気を取り直して質問を続けました。

「Vさん、好きな男子、いる?」

「うん。○○ちゃんのお兄さん!」

Uとわたしは石化しました。わたしは眩暈がして、ほとんど卒倒寸前でした。

「××さんのお兄さん……? 会ったことあるの?」

「お兄さんはさすらいの騎士でー。王国を放浪してるんだけどー、
 冒険してるからまだわたしには会えないのー」

今度は部屋中の女子が、全員ぐったりと布団に倒れ込みました。
わたしは「空想の話!?」と心の中で毒づきながら、
Uに「ホントにこの子、だいじょうぶ?」と耳打ちしました。

Uは平然とした声で、囁き返してきました。

「Vはな、空想に生きてるんやのうて、
 現実を空想にアレンジしてるだけなんや。問題あらへん。
 翻訳するとな、
 『○○ちゃんのお兄さんは超カッコ良くてー、憧れなんだけどー、
  遠くにいるからまだ会えないのー』
 ちゅうこっちゃ」

さすがに付き合いの長いUにだけは、理解できていたようです。
わたしはまだまだ、自分は修業が足りない、と思いました。

「まぁ、あんまし気にせんとき。
 Vに言わせるとな、普通に言うたら夢がないちゅうことらしいわ」

わたしは「時と場合を考えてよ!」と思いましたが、口にはしませんでした。
かなり盛り下がってきたところで、わたしの順番になりました。

わたしが「オナニー? どうして、そんなことするの?」とか、
「好きな人? 好きって、どういうことを言うの?」と逆質問を
連発していると、だんだんaさんのこめかみがひくひくしてきました。
やっぱりaさんは、カルシウムが足りていなかったようです。

「××さんってモテるんでしょー? 男子のbに色目使っちゃって」

この前のUの話の後、わたしはb君の顔を見分けるために、
しばらく眺めていたことがありました。
わたしが黙っていると、aさんはさらに畳みかけてきました。

「わたし、bが××さんに告るって言ってるの、聞いちゃった」

周りの女子から、どっと小さな歓声があがりました。
わたしはb君のことは根も葉もない噂だと思っていたので、
今耳にしたことが本当かどうか、半信半疑になりました。

aさんが身を寄せてきて、小声で言いました。

「今度は、しばらく付き合ってから、相手が自殺するような振り方
 しちゃダメよ。死んでもアンタなんか嫌だ、とか」

明らかに、R君の噂を下敷きにした当てこすりでした。


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