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もうお昼前でした。
日射しがきつく、駅からの道のりは、かなり時間が掛かりました。
わたしが遅れがちだったので、先行するAさんとBさんに、
お兄ちゃんがゆっくり歩くようにと声を掛けました。

お兄ちゃんとCさんが、学校での事をぽつりぽつり話していましたが、
わたしの知らない話題ばかりだったので、
お兄ちゃんが時々声を掛けてきた時の他は、地面ばかり見ていました。
ずいぶんと歩いて、帽子が熱くなった頃、潮風の香りがしてきました。

思い描いていた海水浴場のイメージとは、全然違っていました。
海水浴場と言うよりは、むしろただの小さな入り江でした。
砂浜は幅が狭く、両側にごつごつした岩場がありました。
人影も数える程しか見えません。
海の家もなく、あるのは水道栓とぼろぼろの小屋だけです。

BさんがAさんに何か文句を言っていましたが、
わたしは人混みが無くて良かったと、ぼんやり思っていました。

お兄ちゃんは、わたしに水着とバスタオルの入った袋を手渡し、
Aさんと一緒に雑木林の方に行ってしまいました。
BさんとCさんが、わたしを小屋に連れていきます。

Bさんの水着は、細いラインで縁取った紺色の競泳用で、
Cさんのは、鮮やかなオレンジ色のワンピースでした。
わたしが二人の、同級生よりずっと立派な胸に見とれている内に、
二人とも手慣れている風に、たちまち着替えを済ませました。

「○○ちゃん、着替えないの?」

Bさんの陽気な声が聞こえました。
格子窓から差し込む日射しを見て、このままでいようかと迷いましたが、
お兄ちゃんに選んで貰った水着を、着てみたい気持ちが勝ちました。

わたしが小屋の隅に行って背中を向け、もぞもぞと服を脱ぐと、
いきなりBさんが大声を上げました。

「ほっそーい! しっろーい!」

気にしている事を二つも言われて、思わず向き直ってしまいました。

「うらやましー。アタシなんて、こんななのに。
 ○○ちゃん、ちょっとお腹のお肉交換してよ」

Bさんが自分の脇腹の肉を摘んで見せ、
それから両手をわきわきさせながら近づいて来ました。
わたしは、この人は絶対おかしい、と怖くなり、逃げようとしましたが、
どこにも逃げ場がありません。

わたしが壁に背中をぴったり押しつけて身を縮めると、
Cさんが声を上げました。

「なにやってんの、もう!
 ○○ちゃん怖がってんじゃない。
 あんまりいじめてると、こわ〜い『お兄ちゃん』が仕返しに来るよ」

Bさんは立ち止まり、ごめんごめん本気じゃなかったと謝りましたが、
いつしかわたしはCさんを睨み付け、胸で大きく息をしていました。
「お兄ちゃん」という言葉を耳にする度に、
なんだか胸の中に黒いもやもやが溜まっていくようでした。

Cさんはわたしを見て微笑み、言いました。
「ごめんなさい。お兄ちゃんのこと馬鹿にしたんじゃないの。
 ××(お兄ちゃんの苗字)クン優しいから、
 ちょっと意地悪したくなっちゃって」

Bさんも口を揃えました。
「そうそう。男子はだいたい馬鹿だけどさ。
 ××やっさしーもんね。一番マシだよ、ホント」

お兄ちゃんを褒められて誇らしいはずなのに、心は浮き立ちませんでした。
お兄ちゃんは優しいに決まっているのですが、
その優しさが他にも向けられている事実に心が付いていかなかったのでしょう。

わたしが表情をなくしていると、Bさんが今度は普通に歩み寄ってきて、
「着替えるの手伝ってあげる」と言いました。
わたしが水着に足と手を通し、背中を向け、ファスナーが一番上まで行くと、
またしても大音声が降ってきて、思わず跳び上がってしまいました。

「なによこれ!? 真っ赤じゃない!」

来る道々、俯いて歩いていたせいか、うなじが赤く腫れていたのです。

わたしが自分の皮膚の弱さを説明すると、二人とも顔色が変わりました。
「バッカじゃない? こんな日に海に連れ出すなんて、何考えてんのアイツ。
 シメてやんなきゃ!」
「信じらんない!」
わたしは二人を落ち着かせようとしましたが、納得させる言葉が見つかりません。

その時、遠くから、お兄ちゃんの声がしました。
「ま〜だか〜?」

Bさんが扉を開けて外に出て行きます。わたしはその後を追い掛けました。
恐ろしい事が起こるような気がして、お兄ちゃんに詰め寄るBさんに取り縋ります。
しかし、勢いの付いたBさんに引きずられて足をもつれさせてしまい、
わたしは地面に転がってしまいました。

Bさんはハッとして立ち止まりましたが、今度はお兄ちゃんが怒り出しました。
わたしを助け起こしながら、Bさんに怒鳴りつけようとします。
わたしは「お兄ちゃんやめて!」と大きな声を上げました。


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