219:
わたしはまるで現実離れした夢の中に居るような気がして、
目をぱちぱちさせました。
「夢みたい……」
お兄ちゃんがわたしの頬をつまんで、むにむにと引っ張りました。
「なんでこんなに柔らかいんだ? いくらでも伸びるぞ」
「いひゃい」
お兄ちゃんは指を離し、声を上げて笑いました。
「あはははは、驚いたか」
「うん。でも、ケーキ2つなんて、初めて」
「去年はいっしょに祝えなかったからな。2年分だ」
「去年もケーキはあったよ?」
「
さ、パーティーの準備だ」
わたしはお兄ちゃんと手分けして、台所でチキンを温め直し、
グラスやお皿をテーブルに揃え、薔薇を飾りました。
テーブルでケーキを切り分けて、ノンアルコールのシャンパンで乾杯です。
「夏からどんなことがあったのか、聞かせてくれ」
まずはわたしがしゃべる番でした。最初に、文化祭の劇の話をしました。
台本の書き直しと背景パネルの工夫のことを話すと、
お兄ちゃんは「やるじゃん」と嬉しそうにうなずきました。
でも、背景パネルが壊れて舞台で後ろから支えたところに差し掛かると、
お兄ちゃんの顔が曇ってきました。
「ん……ちょっといいか?」
「なに?」
「そのパネル、もしかして……細工されてたんじゃないか?」
「どういうこと?」
「つまりさ、実際に舞台で壊れてたら、お前の責任になったんだろ?
落とさなくても、舞台でパネルをめくる時に壊れるようにしておけば……
そのaっていう子がお前を吊し上げる口実になる」
「……それはない、と思う」
「俺もこんなこと考えたくないけどな……
aって子にしてみれば脚本にケチつけられたと思ってるわけだろ?
お前のせいで舞台が失敗に終わったら、いくらでもお前を罵倒できる」
「お兄ちゃん、考えすぎ。
aさんは劇の発案者で、監督で、脚本家なんだよ?
劇が成功するように、誰よりも頑張ってた。
まぁ……空回りすることもあったけど。
わたしを攻撃する材料を作るためだからって、
劇そのものをめちゃくちゃにしてしまったら、本末転倒じゃない。
やっぱり資材をケチって、パネルの強度が不足したのが原因だよ」
「そうか……」
「それより、その後で、気づいたことあった」
「なんだ?」
話を続けるには、勇気が必要でした。
胸が押さえつけられたみたいで、息を吸いこむのが苦しくなりました。
わたしの言葉は、いつも以上に切れ切れになりました。
「……わたしの、弱点」
保健室でUたちに話したことを、わたしは繰り返しました。
お兄ちゃんにも意外だったらしく、すかさず反論がありました。
「お前が弱いだなんて……信じられない。
お前は体は弱いけど、親父とお袋が喧嘩してても、
平然としてたじゃないか。
やりきれないくて、俺が顔に出してるときでも」
「そう見えただけ。言ったでしょ?
剥き出しの感情をぶつけられると、体が動かなくなる、って。
家の中じゃ、逃げ場がないもの……。
表情を動かなくして、嵐が通り過ぎるのを待つしかない」
わたしが中学生になってからの連載には、両親が登場していません。
いくら両親が留守がちだといっても、たまには顔を見ます。
でも、同じパターンの繰り返しになるので、書きたくなかったのです。
……両親が揃ったときには、たいてい夫婦喧嘩をしていました。
お兄ちゃんはケーキを食べる手を止めて、沈痛な表情になりました。
「ごめんなさい。こんな話、しちゃって。
でも、お兄ちゃんには、良いところも悪いところも、
本当のわたしを知っておいてほしかった」
「いや……構わないけどさ……これからどうするんだ?」
「……まぁ、急に変われるものじゃないし、
なんとかやっていくしかないかな?
体がポンコツなのを、だましだまし動かしてるみたいに」
わたしは自分の口にした例えに、くすりと笑いましたが、
お兄ちゃんはにこりともしませんでした。
「別の話、しようか?」
「ああ、頼む。体育祭の思い出は、なかったんだな?」
「うーん。体育祭の時は、ずっと本部テントの下に居たから。
競技や応援をしてるのが、ずっと遠くの蜃気楼みたいで。
Vが徒競走で1着になって、テントに駆け込んできて、
大きな声ではしゃぐもんだから、先生に怒られたぐらいかな?」
「へぇ……Vちゃんって、あの『だよー』って言う子だろ?
ちょっとトロそうに見えたんだけどな」
「あ、ひどい。Vは運動神経が良いんだよ。
気が優しすぎて攻撃できないから、球技とかだとぜんぜんダメだけど」
「人はみかけによらないな」
やっと、お兄ちゃんの笑顔が戻ってきました。
……ポンコツ
2016-05-14 12:24:07 (8年前)
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広告やだ
2017-04-17 23:14:24 (7年前)
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