68:


朝になると、クチナシの匂いが病室に籠もっていました。
検温に来た看護婦さんが、窓を少し開けました。

Qさんが来て、月曜日に部屋を移ることになった、と言いました。
わたしが始終、入り口の方ばかり窺っていたので、Qさんがにやにやしました。

「面会時間が始まったら、すぐに来るわよ〜。
 ○○ちゃんの愛しい人は」

「……!」

わたしが赤くなってそっぽを向くと、Qさんは調子に乗りました。

「お兄ちゃん格好いいもんね〜。
 デートに誘ってみようかな?」

「ダメ!」

「……そんな怖い顔しなくても、冗談冗談。
 さすがに中学生に手を出すほど落ちぶれてません。
 まあ、あなたもそうだけど、大人っぽくは見えるけどね」

まだ未練のあるようなことを言うので、どこまで冗談か、わかりませんでした。

面会時間が来てすぐ、お兄ちゃんが姿を現しました。
白い発泡スチロールの小さな箱を、手に持っていました。

「お兄ちゃん、おはよう」

「おう、○○、今日は起きてたんだな」

「その箱、なに?」

「お土産だ。なんだと思う?」

お兄ちゃんは、意地悪そうな顔をしていました。
どうやら、すんなり教えてくれそうにはありませんでした。

軽そうに持っているところを見ると、本ではなさそうです。
お花だったら、わざわざ箱に入れる必要はありません。
保冷ボックスに入れた、アイスクリームのような気もしましたが、
わたしに食べられない物を、お土産に持ってくるはずがありません。

わたしが顔をしかめて、ずっと無言で考え込んでいると、
お兄ちゃんの方が焦れてきました。

「あのなあ……なんでもいいから、パッと言っちゃえよ」

「……魚」

「はあ?」

「お魚、熱帯魚を、液体窒素に入れて凍らせるの。
 水槽に入れると、生き返ってまた泳ぎ出す……。
 そんなのを、テレビで見たことある」

「……」

お兄ちゃんは、疲れ切ったおじさんみたいに、椅子に腰を下ろしました。

「液体窒素なんて、どこで買ってくるんだよ……」

置かれた箱の蓋を開けると、中にはラップしたガラスの器が入っていました。
器の下には、氷が敷き詰めてあります。

「すり下ろしたリンゴだ。
 蜂蜜を掛けて冷やしてある。
 これなら食べられるだろ?」

「綺麗……」

思わず声が漏れました。半透明の、模様の入ったガラスの器を取り出すと、
よく冷えているのがわかりました。

一緒に入っていた洋銀のスプーンで、一匙すくいました。
ひとりで食べるのは気が引けたので、お兄ちゃんに差し出しました。

「はい」

「え? あ、俺はいいよ」

「まだ、たくさんあるから」

手を引っ込めないでいると、お兄ちゃんはぱくりとスプーンをくわえました。

「ん、んまい」

「自分で言ってる……」

わたしはくすくす笑いながら、スプーンを引き抜き、自分も一匙頬張りました。
冷たいリンゴの酸味が、蜂蜜の甘さと絡み合い、口の中でとろけました。

この時から、すり下ろしリンゴの蜂蜜掛けは、わたしの一番の好物になりました。
今でも、食べると思わず胸がいっぱいになります。

午後からは、わたしが疲れてはいけないと、もっぱらお兄ちゃんが喋りました。
新しい学校での友達のこと。体育祭の徒競走で、やっぱり一番だったこと。
また告白されたが、受験があるからと断ったこと。

「まだ、Cさんが忘れられない……?」

「はは、そんなことないさ。
 でもあの子もけっこう可愛かったから、惜しいことしたかな……」

お兄ちゃんの鼻の下が、なんとなく伸びているような気がしました。

「いてて! おい、つねるなよ、冗談だって」

「今、いやらしい顔、してた」

「しょうがないだろ、俺だって男なんだから……」

そう言うお兄ちゃんは、どきりとするほど、男らしい顔をしていました。


魚を生き返らせる❓みたいなの、テレビの教育チャンネルじゃないのでみました。普通にテレビ見てるんですかねー( ´ ▽ ` )ノ
2016-04-30 15:46:27 (2年前) No.1
魚!懐かしいw
2017-10-12 23:38:14 (7ヵ月前) No.2
残り127文字