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お兄ちゃんをきちんと、布団に寝かせようとしましたが、
わたしの力では、体を裏返して仰向けにするのが精一杯です。

寝顔を見ると、前髪が額に張り付いていたので、ハンカチで拭いました。
着替えさせるのは諦めて、苦しくないように、シャツのボタンを外し、
ベルトを取って、靴下を脱がせてあげました。

電灯を暗くして、薄明かりでお兄ちゃんの寝顔を眺めました。
なんだか、無防備であどけなく見えました。

膝枕をしてあげようと思いましたが、重くて足が痺れてしまいそうなので、
枕を頭の下に入れて、髪を撫でました。

枕元に座ってじっと見ていると、わたしもうとうとしてきました。

「この野郎!」

突然、お兄ちゃんの声がして、わたしは座ったまま跳び上がりました。
慌てて顔を覗き込むと、まだ眠っているようでした。
でも、目覚めているのかと思うほど、はっきりした声でした。

お兄ちゃんの表情は、苦しげに歪んでいました。
わたしは、眠っているお兄ちゃんの胸に、そっと抱き付きました。
お兄ちゃんの腕が、無意識にか、わたしの肩に回されました。

また、はっきりした声がしました。

「○○……」

わたしの名前を呼ぶお兄ちゃんの声を聞いて、
わたしはお兄ちゃんが本当に目覚めたのかと、顔を上げました。
でも、お兄ちゃんはまだ、眠ったままでした。

お兄ちゃんの呼吸が落ち着いてきたのを確かめて、
わたしもお兄ちゃんの脇の下で丸くなりました。
いつの間にか、わたしも眠りに誘われていました。

何かの物音に目を開けると、まぶしさに目がくらみました。
まばたきすると、枕元にお兄ちゃんが、昨日と違う服を着て立っていました。

「○○、そろそろ起きないと。
 朝ご飯だぞ」

お兄ちゃんは、目を逸らしてそう言いました。
ハッと気が付くと、わたしは上掛けを蹴飛ばして、寝間着も半分脱げていました。
慌てて上掛けの下に潜り込み、首だけ出しました。

「二度寝するなよ?
 みんな待ってるんだから」

「うん。もう起きる。
 お兄ちゃんはもう、だいじょうぶ?」

お兄ちゃんが、向き直って言いました。

「ん? なにが?」

「ゆうべ、いっぱいお酒飲んでたでしょ?
 ふらふらになって、わたしに抱き付いたし」

「えっ! ホントかそれ……。
 あちゃあ……ぜんぜん覚えてないよ」

「いつもあんなに、お酒飲むの?」

「……い、いや、ふだんは平気なんだけどな。
 ビールと焼酎をチャンポンしたのは拙かった……」

お兄ちゃんはうろたえて自爆していました。
わたしはくすくす笑って、言いました。

「あんなに酔っぱらうまで飲んじゃダメ」

「……はい」

「着替えるから先に行ってて」

お兄ちゃんが出ていくと、わたしは夏着に着替えました。
居間に行くと、みんな揃って、K姉ちゃんとL姉ちゃんの顔も見えました。

L姉ちゃんが提案しました。

「せっかく○○が来たんやから、
 みんなでとっときの場所に案内したるわ。
 ちょっと歩かなあかんけど、
 綺麗なとこやで〜」

お兄ちゃんがわたしの顔を見て、言いました。

「○○、体は大丈夫か?」

せっかく田舎に来たのに、わたしだけ留守番する事になっては意味がありません。

「うん、行きたい」

わたしの格好は山歩きに適していなかったので、
L姉ちゃんが昔着ていたという、キュロットと長袖のワークシャツを借りました。

大きな麦わら帽子を被って、水筒を持って出発です。
いとこたち4人と、お兄ちゃんとわたし、合わせて6人でワゴン車に乗りました。

途中から、細い山道を歩きました。
わたしは、ちょっと歩く、という意味が、山育ちのいとこたちとは、
ぜんぜん違っていることに、やっと気付きました。

バーベキューセットの入った、重いリュックを担いだお兄ちゃんは、
それでも楽々と歩いていましたが、わたしは膝ががくがくしました。

わたしがはっきり遅れだしたのに気付いたお兄ちゃんが、休憩を宣言しました。
わたしは、木に寄り掛かって、水筒のお茶を飲みました。


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