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何度も休んで、足の感覚が無くなってきた頃、やっと渓流に着きました。
小川と言って良いほど細い流れでしたが、水は澄み、小さな魚が閃いています。

わたしたちは荷物を置いて、靴と靴下を脱ぎ、足をせせらぎに浸しました。
小石で足を滑らさないように、お兄ちゃんがわたしの手を取りました。
川の水はびっくりするほど冷たく、火照った足を冷やしてくれました。

岩に腰を下ろして休んでいると、お兄ちゃんたちが食事の準備を始めました。
バーベキュー用のグリルを組み立て、あらかじめ切った材料を出します。

日焼けして元気に動き回る、いとこたちとお兄ちゃんを見ていると、
自分ひとりが見知らぬ異邦人になったような気がしました。

バーベキューが始まりました。
お兄ちゃんは、お肉や野菜を焼き過ぎるのが我慢できないのか、
次々とわたしの皿に、バーベキューの串を載せます。

「お兄ちゃん、こんなに食べられない……」

「ん、ちょっと多いか。
 残したら俺が食ってやるから」

疲れているせいか、あまり味がわからず、半分も食べられませんでした。
するとL姉ちゃんが、わたしの二の腕や太股を見ながら言いました。

「○○ちゃんも、もっとお肉付けなあかんわ。
 ダイエットしすぎと違う〜?」

ダイエットどころか、わたしはもっと太りたいと思っていました。

食事が済んで、後片付けする時も、わたしはぼうっとしていました。
なんだか、体が浮いているように、ふわふわしました。

お兄ちゃんが何か声を掛けて、近付いてきました。
わたしは黙って立ち上がり、お兄ちゃんの所に行こうとして、よろけました。
転びかけたわたしを、お兄ちゃんが抱き留めました。

「お前、熱があるじゃないか!」

わたしは機械的に頷きました。頭がうまく回らなくなっていました。
それから後の事は、よく覚えていません。
お兄ちゃんに背負われて、山を下りたような気がします。

目覚めると、布団の中で、寝間着を着ていました。
混乱して、いままで夢を見ていたのか、と思いました。

枕の感触が冷たくて変です。
起き上がろうとすると、痛くて体が動きません。
呼吸もおかしくて、喉の奥がひゅーひゅーと鳴っています。

ぎゅっと目をつぶってから目蓋を開けると、目の前にお兄ちゃんの顔がありました。

「○○、目が覚めたのか?」

お兄ちゃんの顔が憔悴して、病気のように見えたので驚きました。
わたしは返事をしようとしましたが、声がうまく出ません。

わたしが口を動かすと、お兄ちゃんが耳を近づけてきました。
わたしはやっとのことで、囁くような声を出しました。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「お前、二日も眠っていたんだぞ」

「?」

「山でお前が倒れて、兄ちゃんたちと交替で背負って運んだんだ。
 40度近い熱が下がらなくて、お医者さんを呼んだんだ。
 ……お前が死ぬかと、思った」

見ると、お兄ちゃんは、涙を流していました。
お兄ちゃんが泣くのをまともに見るのは、これが初めてでした。

「……泣かないで」

「……お前は覚えてないだろうけど、
 昔もこんなことがあったんだ。
 お前が小学校に上がる前だ。
 あの時は、本当にお前が死ぬと思った……」

お兄ちゃんは顔を腕でごしごし拭って、続けました。

「あの時も40度近い熱が続いてな。
 それまでお前は体が丈夫だったんだぞ」

「え?」

「それが、1ヶ月近くも寝込んで、
 起き出した時には、すっかり痩せ細ってた。
 人が変わったみたいにぼんやりしてな。
 体質が変わったのか、すぐに寝込むようになったしな」

お兄ちゃんは、長いため息をつきました。

「……ちょっと、その時の事を思い出しちゃったよ。
 あの時、俺は夜、布団の中で、
 明日になったらお前が息をしていないんじゃないかって、
 震えてたんだ」

「……お兄ちゃん。
 わたし、だいじょうぶ。
 ごめんね。
 わたしのせいで」

「いいんだ。
 お前のせいじゃない。
 誰も好きこのんで病気するわけじゃない」

お兄ちゃんの指が、わたしの首を、そっといたわるように撫でました。


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