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Vの家は、思わず目を丸くするほどの豪邸でした。
Uがにはははと笑いました。
「アンタでも驚くことあるんやな。
初めてこの家に来たら誰でもそう思うやろけど」
わたしたちが案内されたのは、離れの応接間でした。
立派な家具調度品を見回していると、Vのお母さんが、
紅茶とケーキと果物の載ったお盆を持ってきました。
わたしが自己紹介すると、
Vのお母さんは満面の笑みを浮かべました。
「あらあらあら、新しいお友達ね。
Vちゃんは子供っぽいけど、仲良くしてやってね。
ここは自分の家だと思って、いつでも来てちょうだい」
そう言うお母さんも、年の割には子供っぽく見えました。
社交辞令のはずなのに、どうしても本心としか聞こえません。
お母さんが辞去すると、Uがにやにやしながら言いました。
「どうや? すごいやろ?
ここの一家は全員お人好しが服着てるようなもんや」
「優しそうなお母さん……」
わたしはVのお母さんの背中を見送りながら、胸が熱くなりました。
「うん。ママはやさしーよ。パパも大パパ(お爺さん)も」
「ここのお爺ちゃんがまた凄いでー。
親譲りの大金持ちやったんやけどな、
クリスチャンの洗礼受けてから慈善にハマってしもて、
困ってる人を助けすぎて遺産食いつぶした挙げ句に、
悪いヤツに騙されて破産したんやて」
「ええ?」
「お父ちゃんは、コレがまた父親譲りのお人好しや。
小さい時は苦労したらしいけどな、
お爺ちゃんに昔助けられた人から恩返ししてもろうて、
また金持ちになったんやて」
「すごいね」
Vは、Uの解説をニコニコしながら聞いていました。
なんとなく、Vの無垢さの秘密がわかったような気がしました。
こんなに性格の違う2人が、どうして友達同士なんだろう、
とわたしは不思議に思いました。
「ねぇ……2人はどうして友達になったの?」
「その話か……」
Uの顔からにやにや笑いが消えました。
「わたしがこっちに転校してしばらくした頃の話や……。
Vはいじめられっ子でよう泣かされとった。
しばらく学校に来られへんこともあったみたいや。
わたしは訛りを笑われて、喧嘩ばっかりしとった。
ある日学校の帰りに歩いとったら、Vを見かけたんや」
Uの瞳に、懐かしむような色が浮かびました。
「Vが立ち止まってじーっとしとるから、
なんやろか、思うてこっちも立ち止まったんや。
よう見たら、車道に血だらけの猫が転がっとる。
車に轢かれたんやろな、気色わるぅ思うてたら、
Vがその猫を抱き上げたんや。もうびっくりしたで。
Vはわあわあ泣きながら、そのまま猫を抱いて家に帰ったんや」
わたしは情景を想像して、胸を打たれました。
Vを見ると、その時のことを思い出したのか、目が潤んでいます。
「もう、頭をがつーんと殴られた気がしたで。
コイツ、なんちゅうやっちゃ、ってな。
コイツだけは、友達にせなあかん、思うた。
そんで次の日に、友達になろう、て売り込みに行ったんや。
そんときからずーっと友達や。
ま、最初はVがあんまり妄想が激しいんで引いたけどな」
Uの顔に、面白がるような表情が戻っていました。
Vはふくれっ面になりました。
「Uちゃん、妄想じゃないよー。わたしが考えたお話なんだよ?」
「なにゆうてんの。周りのモンを全員おとぎ話のキャラにして、
大まじめに言うとったら誰でも頭おかしいて思うで」
「U、からかうのはそのぐらいにして。
V、ちょっと教えてくれる?」
「なにを?」
「血まみれの猫を、家に連れて帰って、それからどうなったの?」
「猫はね、もう死んでたのー。ママは、よくやった、よくやった、
って褒めてくれて、一緒にお墓を作ってくれたよー」
「その時の服はどうしたの? 血が付いてたでしょ?」
「うん。血がいっぱい付いて、もう着られなかった。
だから、お墓に埋める時に猫に着せてあげたんだ」
Vは、そう言いながら、頬に涙を流していました。