145:
「b君も、本読むんですね」
「あはは、○○さんほどじゃないけどね。
敬語はやめてよ。タメ(同い年)なんだからさ」
それから毎朝、玄関を出ると外でb君が待っていました。
ただ肩を並べて登校するだけなので、拒絶するわけにもいかず、
わたしは居心地の悪い時間を過ごすことになりました。
学校までの道々、たいていb君が嬉しそうにひとりで喋っていて、
わたしは問いかけに短く受け答えするだけでした。
b君はいったい何が楽しいのだろう、とわたしは不思議でなりませんでした。
しばらく経ったある日の昼休み、お弁当を広げながら、
Uがまじめな顔をして切り出してきました。
「○○、アンタ、bと付き合うてるんか?」
Vも興味津々な顔つきで、わたしを見ていました。
「……違う、と思うけど」
「……ハァ? もうすっかり噂になってるで。
アンタとbがカップルになったっちゅうのは。
朝いっつもいっしょに来てるやろ。
待ち合わせしてるんやないんか?」
「朝、家を出ると、b君が待ってる」
「なんやそれ? bのヤツなに考えてるんや?
既成事実にしようっちゅうハラやろか?」
わたしは首をかしげました。
「b君が、言いふらしてるわけじゃないでしょ?」
「そらそうやろうけど……どっか遊びに行こう、て誘われてへんか?」
わたしがかぶりを振ると、Uは首をひねりました。
「もうじき夏休みやろ? 遊びに行く話もせえへんで、
アンタら、2人で朝なにしゃべってるん? ぜんぜん想像つかへん」
「……今読んでる本の話とか」
「まぁ、アンタが暇さえあれば本ばっかり読んでるのは知ってるけどな、
bもそんな話できるんかいな? イメージとちゃうで」
言われてみると確かに、朝いっしょに登校する時のb君と、
教室で他のクラスメイトたちと話しているb君は、別の人に見えました。
教室でのb君は、朝のような揺るぎない目つきをしていません。
どちらのb君が本物なのか、わたしには判断がつきませんでした。
次の日の朝、わたしは思い切ってb君に尋ねてみることにしました。
「b君」
b君は話をやめて、振り向きました。
「なに?」
「b君は、わたしと話していて楽しい?」
「面白いね。キミはオレと同じ魂の色してるから、惹き付けられる」
「魂の……色?」
「オレは魂の色が見えるんだ。人によって色が違う。
キミのは薄むらさきの水晶みたいな冷たく透き通った光だ。
初めて見たとき、ああ、やっと会えたと思って感動した。
キミ自身より、オレのほうがキミのことよく理解してると思うよ」
嬉しそうに微笑みながら言うb君の顔を見て、本気で言っているのだ、
とわかり、わたしは絶句しました。
背筋に氷を押し当てられたような、悪寒が這い上がってきました。
おとぎ話の幽霊や化け物を怖いと思ったことはありませんでしたが、
これは体の力が抜けてくるような、現実の恐怖でした。
家に帰って玄関の鍵を閉めてから、わたしはUに電話を掛けました。
Uは留守で、Yさんが電話に出ました。
「あ、○○ちゃん? 久しぶり。Uはまだ帰ってないけど、
電話してくるなんて珍しいね」
「すみません。Uが帰ってきたら、電話をしてくれるように、
伝言していただけませんか」
「……? わかったけど、どうかしたの?」
Yさんに相談できるような話だとは思えませんでした。
「ちょっと……」
「そう? じゃ、またね」
電話を切ってじっと待っていると、電話機が鳴りました。
「○○か? どないしたん? アンタから電話してくるなんて珍しいな」
「明日から、朝、いっしょに学校に行ってくれない?」
「……bとなんかあったんか?」
「なにもないけど、怖くなってきた」
「よっしゃ。まかしとき。Vも誘うんやな?」
「うん。電話するつもり」
「Vにはわたしから電話しとくわ」
翌朝、少し早い時間に、ピンポーンとチャイムが鳴りました。
玄関を開けると、UとV、それにYさんが立っていました。