44:


帰り道、Hクンはわたしから少し離れて歩きました。
わたしはお兄ちゃんと手をつないで歩きながら、右足を引きずっていました。

右足の親指と人差し指の股を、履き慣れない下駄の鼻緒で擦り剥いていたのです。
わたしが我慢していると、お兄ちゃんがそれに気付きました。

「○○、お前、右足どうした?」

お兄ちゃんが、わたしの足許にしゃがんで、覗き込みました。

「うわ、血が出てるじゃないか。
 なんで早く言わないんだ!」

身をすくめると、お兄ちゃんは立ち上がり、わたしの肩をぽんと叩きました。

「ちょっと待ってろ」

お兄ちゃんは、先に行っているI兄ちゃんに追いついて、何か言いました。
I兄ちゃんたちは、わたしとお兄ちゃんを残して、先に帰って行きました。

お兄ちゃんが戻ってきて、またしゃがみました。

「右足の下駄を脱いで、肩に掴まれ」

わたしが片足で立って、お兄ちゃんの肩に掴まると、お兄ちゃんは、
ポケットからガーゼのハンカチを取り出して、わたしの右足の先を包みました。
お兄ちゃんがガーゼを足首で縛ると、右足だけ足袋を履いたようになりました。

「歩けるか?」

また下駄を履いてみました。
今度は、鼻緒がこすれないので、それほどの痛みではありません。

「だいじょうぶ。
 お兄ちゃん、ありがとう」

「ん、じゃ、ちょっと休んでいくか」

お兄ちゃんは、自動販売機で缶ジュースを1本買いました。
少し歩くと、小さな児童公園がありました。
わたしとお兄ちゃんは、ブランコに並んで腰を下ろしました。

「飲むか?」

缶ジュースを開けて、お兄ちゃんが聞いてきました。

「後でいい。先にお兄ちゃん飲んで」

お兄ちゃんは、一口飲んで、空を見上げて言いました。

「星、きれいだな」

見上げると、確かに、いつもより多くの星が見えて、きれいでした。

お兄ちゃんが突然、言いました。

「○○、お前、Hのこと、好きか?」

「うん、お兄ちゃんに似てる」

「そうか……」

お兄ちゃんは、それきり黙り込みました。
わたしがふと、横を向くと、公園の薄明かりで、お兄ちゃんの横顔が見えました。
お兄ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をしていました。

わたしは驚いて、声を上げました。

「お兄ちゃん。どうしたの?」

お兄ちゃんは、しばらく考え込んだ後、口を開きました。

「○○、お前はもう、大人だと思う。
 だから、大事な話をしなくちゃいけない。
 これから話すことは、お前と俺だけの秘密だ。
 聞いてくれるか?」

わたしは、この上なく真剣なお兄ちゃんの声に、息を呑みました。

「……うん。わかった。なに?」

「……何から話したらいいんだろな……。
 ○○、お前、HとG姉ちゃんを見て、どう思った?」

お兄ちゃんが何を言おうとしているのか、見当も付きませんでした。

「……?
 家とは、ぜんぜん違う……って思った」

「俺は前、Hにアルバムを見せてもらった事がある。
 ○○は、アルバムって何か知ってるか?」

「……写真ばっかりの本でしょ?
 わたし、アルバム委員してるから、知ってる」

「…………。
 写真を印刷してるんじゃなくて、写真を貼ってあるのが、普通のアルバムだ。
 家で、普通のアルバムを見たことあるか?」

「……? 無いけど?」

「お前は知らないだろうけど、俺は友達がたくさんいるから知ってる。
 子供が生まれて、写真を撮らない親なんて、居ないんだ。
 俺の知ってる限り、アルバムの無い家なんて、俺たちの家だけだ」

「どういう、こと?」

「家にも、アルバムはあったんだ。
 でも、あると都合が悪いから、無くしてしまったのさ」


残り127文字