189:
お兄ちゃんと出かけるとき、外で待ち合わせることはありませんでした。
本当のデートのような気がしてきました。
約束の時刻の10分前に、人影が駐輪場のほうから駆けてきました。
服装がいつものYさんと違っていて、顔を見るまでわかりませんでした。
「ハァハァ……ごめん、待った?」
「わたしが早く来すぎただけです。走らせてごめんなさい」
「いやいやいいっていいって」
Yさんは、少し離れてわたしの全身を眺め回しました。
「それ、この前デパートで買ったワンピースだね。
さっそくだけど、1枚撮らせてもらっていいかな?」
Yさんは小さな鞄から、小さなカメラを取り出しました。
「今日は、ずいぶん小さいカメラですね」
Yさんはカメラを構えながら、苦笑しました。
「Uのやつがね……でかい鞄持って行くなんてもってのほかだって。
この服もあいつが勝手に選びやがって……」
いつもと違って、折り目のきちんと付いた柿色のズボンでした。
「Uは今日のこと、なんて言ってたんですか?」
「う〜ん、それがよくわからないんだ。
○○ちゃんの元気がないから買い物の荷物持ちに行け、ってさ。
デートじゃないんだからくれぐれも誤解するな、って釘を刺されたよ。
だけど○○ちゃんに恥かかせるようなことがあったら承知しない、って。
どういうことなんだろう?」
「あの……わたしがUにわがままを言ったんです。
ご迷惑なら……やっぱり止めましょうか?」
「迷惑なんてこと無い無い。
Uに買い物付き合わされるのに比べたらラッキーさ。
あいつ人におごらせといて無茶苦茶言うからなぁ」
「Uと買い物に行くのは、嫌なんですか?」
Yさんの顔がまじめになりました。
「いや、そんなことないよ。
口うるさいけど無視されるよりはマシさ。
あいつが小さいときはもっと素直で可愛かったんだけどなぁ。
反抗期ってやつかな?」
Yさんは大袈裟にひとつため息をついて、言いました。
「それじゃ、行く?」
「はい」
Yさんはすたすた歩きだして、立ち止まり、振り返りました。
「えっと……どこ行くんだっけ?」
Uとの買い物とは勝手が違うのか、Yさんは落ち着きがないようでした。
わたしはそれを見て、かえって平静になりました。
「わたしがいつも歩くコースですから、ご案内します」
「そう……それで、その……手、つないだりするのかな?」
「え?」
「あ、いや、ほら、○○ちゃんは方向音痴だって聞いたから」
「わたしでも、いつも歩いているコースなら迷いません」
「あ、そりゃそうだね、ハハハ、何言ってんだ俺」
Yさんは頭をかきました。哀れなほどうろたえています。
わたしはふふっと笑って、右手を差し出しました。
「手、つなぎましょう」
「え、いいの?」
わたしがうなずくと、Yさんはわたしの手を取りました。
びっくりするほど熱くて、しっとりした手のひらでした。
歩きだして、Yさんが言いました。
「○○ちゃん、手が冷たいね」
「体温が少し低いみたいです。お兄さんは熱いですね」
「あ、俺は体温が高いのかな? アハハ」
2人で肩を並べて、デパートに向かいました。
冷房の効いた店内に入ると、すうっと汗が引きました。
衣料品のフロアでは、もう秋冬物が展示されていました。
わたしはそぞろ歩きしながら、ゆっくり品定めしました。
ふとYさんの顔を見ると、居心地が悪そうに目を逸らしています。
「お兄さん、どうかしました?」
「いや……なんか場違いみたいで、人に見られてるような……」
「気のせいじゃないですか?」
ゆったりした薄いカーディガンが目に留まりました。
「お兄さん」
「なに? 買いたい物見つかった?」
「あの……わたしが店員さんに捕まって、逃げられなくなったら、
助けてください。断るの苦手なんです」
「よっしゃ、まかしとき」
坂本勇人は殺人はん
2018-12-14 22:30:31 (5年前)
No.1