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お兄ちゃんと出かけるとき、外で待ち合わせることはありませんでした。
本当のデートのような気がしてきました。

約束の時刻の10分前に、人影が駐輪場のほうから駆けてきました。
服装がいつものYさんと違っていて、顔を見るまでわかりませんでした。

「ハァハァ……ごめん、待った?」

「わたしが早く来すぎただけです。走らせてごめんなさい」

「いやいやいいっていいって」

Yさんは、少し離れてわたしの全身を眺め回しました。

「それ、この前デパートで買ったワンピースだね。
 さっそくだけど、1枚撮らせてもらっていいかな?」

Yさんは小さな鞄から、小さなカメラを取り出しました。

「今日は、ずいぶん小さいカメラですね」

Yさんはカメラを構えながら、苦笑しました。

「Uのやつがね……でかい鞄持って行くなんてもってのほかだって。
 この服もあいつが勝手に選びやがって……」

いつもと違って、折り目のきちんと付いた柿色のズボンでした。

「Uは今日のこと、なんて言ってたんですか?」

「う〜ん、それがよくわからないんだ。
 ○○ちゃんの元気がないから買い物の荷物持ちに行け、ってさ。
 デートじゃないんだからくれぐれも誤解するな、って釘を刺されたよ。
 だけど○○ちゃんに恥かかせるようなことがあったら承知しない、って。
 どういうことなんだろう?」

「あの……わたしがUにわがままを言ったんです。
 ご迷惑なら……やっぱり止めましょうか?」

「迷惑なんてこと無い無い。
 Uに買い物付き合わされるのに比べたらラッキーさ。
 あいつ人におごらせといて無茶苦茶言うからなぁ」

「Uと買い物に行くのは、嫌なんですか?」

Yさんの顔がまじめになりました。

「いや、そんなことないよ。
 口うるさいけど無視されるよりはマシさ。
 あいつが小さいときはもっと素直で可愛かったんだけどなぁ。
 反抗期ってやつかな?」

Yさんは大袈裟にひとつため息をついて、言いました。

「それじゃ、行く?」

「はい」

Yさんはすたすた歩きだして、立ち止まり、振り返りました。

「えっと……どこ行くんだっけ?」

Uとの買い物とは勝手が違うのか、Yさんは落ち着きがないようでした。
わたしはそれを見て、かえって平静になりました。

「わたしがいつも歩くコースですから、ご案内します」

「そう……それで、その……手、つないだりするのかな?」

「え?」

「あ、いや、ほら、○○ちゃんは方向音痴だって聞いたから」

「わたしでも、いつも歩いているコースなら迷いません」

「あ、そりゃそうだね、ハハハ、何言ってんだ俺」

Yさんは頭をかきました。哀れなほどうろたえています。
わたしはふふっと笑って、右手を差し出しました。

「手、つなぎましょう」

「え、いいの?」

わたしがうなずくと、Yさんはわたしの手を取りました。
びっくりするほど熱くて、しっとりした手のひらでした。
歩きだして、Yさんが言いました。

「○○ちゃん、手が冷たいね」

「体温が少し低いみたいです。お兄さんは熱いですね」

「あ、俺は体温が高いのかな? アハハ」

2人で肩を並べて、デパートに向かいました。
冷房の効いた店内に入ると、すうっと汗が引きました。

衣料品のフロアでは、もう秋冬物が展示されていました。
わたしはそぞろ歩きしながら、ゆっくり品定めしました。
ふとYさんの顔を見ると、居心地が悪そうに目を逸らしています。

「お兄さん、どうかしました?」

「いや……なんか場違いみたいで、人に見られてるような……」

「気のせいじゃないですか?」

ゆったりした薄いカーディガンが目に留まりました。

「お兄さん」

「なに? 買いたい物見つかった?」

「あの……わたしが店員さんに捕まって、逃げられなくなったら、
 助けてください。断るの苦手なんです」

「よっしゃ、まかしとき」


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