218:
クリスマスイブの前の日曜日、わたしはUと2人でデパートに行きました。
受洗するVへのプレゼントとして、2人で革装の聖書を探しました。
「
革装聖書の値段に驚いて、Uがうめき声をあげました。
「ふつうのなら安いけど、せっかくのお祝いだし……」
「しゃーない、一生に一度のコトやし、ふんぱつしよか」
それからわたしは、お守り袋に入れる物を買いました。
防災用品コーナーで売っている、レスキューキットです。
救急絆創膏や、緊急連絡先・血液型を書く紙などが入っています。
「そんなに入るんかいな?」
「最低限に絞らないと、お守り袋には見えないね……」
お守り袋は予定とは違って、ずいぶんずんぐりした形になりました。
その日は早めに帰って、お守り袋を田舎に送りました。
洗礼式の日、教会に行くと、Vとそのご家族はもう来ていました。
挨拶していると、Uもすぐにやってきました。
わたしとUはVから離れて見守りながら、つぶやきを交わしました。
「綺麗ね……」
「ホンマやなぁ……」
いつものフリフリの服とは違う、シンプルで深い色のワンピースを着たVは、
緊張のせいか引き締まった顔つきをしていて、大人っぽく見えました。
大きな瞳が歓喜にきらめいて、輝くような美しさでした。
とうとう、クリスマスイブの日がやってきました。
わたしは晩ご飯も食べずに、ケーキの到着を待ちました。
今ごろはVの家でパーティーの真っ最中だろうな、と思っても、
不思議と淋しくはありませんでした。
UとVとの3人でならともかく、大勢での賑やかなパーティーは、
自分とは関係ない、別世界の出来事のように思えたのです。
ダイニングの椅子に座ってぼんやりしていると、
ぴんぽーん、とチャイムの音がして、小さく声が聞こえました。
「お届け物です」
「はい」
わたしはパタパタとスリッパを鳴らして、玄関に急ぎました。
玄関の鍵を外すと、ドアが勢いよく開きました。
「クリスマスケーキをお持ちしました」
わたしは呆気にとられて硬直しました。
「……お、お兄ちゃん?」
「びっくりしたか?」
お兄ちゃんはにやにや笑いながら、中に入ってきました。
「もっと早く着くはずだったんだけどな。
荷物が多いから慎重に歩いてきたんだ。とにかく荷物を置かせてくれ」
お兄ちゃんはわたしの目の前を通り過ぎ、ダイニングに入って行きました。
わたしはまだ、夢を見ているのかと思いました。
「なにしてるんだ? ○○、こっちに来いよ」
呼ばれてわたしがダイニングに入ると、
お兄ちゃんはコートも脱がずに荷ほどきをしていました。
「お兄ちゃんが帰ってくるの、もっと遅くなるんじゃなかった?」
「ん……ああ、お前が待ってるだろうと思ってな」
「あっちでパーティーに呼ばれなかった?」
「まぁ……いろいろあってな……後で話すよ。
ん? もしかしてお前、誰かに招待されてたのか?」
お兄ちゃんが手を止めて振り向きました。
「Vに」
「あ……すまん。考えてなかった。
お前、パーティーを断って、ケーキが届くのを1人で待ってたのか……」
「良いの。もう、ケーキ届いたし」
やっと胸の奥から悦びが湧き上がってきて、わたしは笑みをこぼしました。
「ケーキはどっちにしたの?」
「当ててみな」
「うーーん、チョコレートでしょ。お兄ちゃん、甘いの苦手だから」
「半分当たり」
「?」
「両方だ」
お兄ちゃんが大きな鞄からそーっと取り出してテーブルに置いたのは、
イチゴ生クリームとチョコレートの、2つのケーキでした。
「こんなに2人で食べきれないよ?」
「美味いから明日も食べられるさ。まだある」
続いて鞄から出てきたのは、アルコール抜きのシャンパンと、
フライドチキンでした。
「もうひとつ」
お兄ちゃんは丈の長いコートの中に手を入れて、ごそごそしました。
中から出てきたのは、少しひしゃげた真っ赤な薔薇の花束でした。
「手品みたいに綺麗には出せないな……」
わたしはしばらく声も出ませんでした。
「これ、わたしに? 高かったんじゃない?」
「買うの恥ずかしかったけどな……クリスマスぐらいいいか、と思ってな。
病気の妹のお見舞いだ、って言ったらオマケしてくれたよ」
お兄ちゃんは、驚いたわたしに満足したのか、白い歯を見せて笑いました。