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クリスマスイブの前の日曜日、わたしはUと2人でデパートに行きました。
受洗するVへのプレゼントとして、2人で革装の聖書を探しました。

装丁がわが違うだけやのに、めっちゃ高いな〜」

革装聖書の値段に驚いて、Uがうめき声をあげました。

「ふつうのなら安いけど、せっかくのお祝いだし……」

「しゃーない、一生に一度のコトやし、ふんぱつしよか」

それからわたしは、お守り袋に入れる物を買いました。
防災用品コーナーで売っている、レスキューキットです。
救急絆創膏や、緊急連絡先・血液型を書く紙などが入っています。

「そんなに入るんかいな?」

「最低限に絞らないと、お守り袋には見えないね……」

お守り袋は予定とは違って、ずいぶんずんぐりした形になりました。
その日は早めに帰って、お守り袋を田舎に送りました。

洗礼式の日、教会に行くと、Vとそのご家族はもう来ていました。
挨拶していると、Uもすぐにやってきました。
わたしとUはVから離れて見守りながら、つぶやきを交わしました。

「綺麗ね……」

「ホンマやなぁ……」

いつものフリフリの服とは違う、シンプルで深い色のワンピースを着たVは、
緊張のせいか引き締まった顔つきをしていて、大人っぽく見えました。
大きな瞳が歓喜にきらめいて、輝くような美しさでした。

とうとう、クリスマスイブの日がやってきました。
わたしは晩ご飯も食べずに、ケーキの到着を待ちました。

今ごろはVの家でパーティーの真っ最中だろうな、と思っても、
不思議と淋しくはありませんでした。

UとVとの3人でならともかく、大勢での賑やかなパーティーは、
自分とは関係ない、別世界の出来事のように思えたのです。

ダイニングの椅子に座ってぼんやりしていると、
ぴんぽーん、とチャイムの音がして、小さく声が聞こえました。

「お届け物です」

「はい」

わたしはパタパタとスリッパを鳴らして、玄関に急ぎました。
玄関の鍵を外すと、ドアが勢いよく開きました。

「クリスマスケーキをお持ちしました」

わたしは呆気にとられて硬直しました。

「……お、お兄ちゃん?」

「びっくりしたか?」

お兄ちゃんはにやにや笑いながら、中に入ってきました。

「もっと早く着くはずだったんだけどな。
 荷物が多いから慎重に歩いてきたんだ。とにかく荷物を置かせてくれ」

お兄ちゃんはわたしの目の前を通り過ぎ、ダイニングに入って行きました。
わたしはまだ、夢を見ているのかと思いました。

「なにしてるんだ? ○○、こっちに来いよ」

呼ばれてわたしがダイニングに入ると、
お兄ちゃんはコートも脱がずに荷ほどきをしていました。

「お兄ちゃんが帰ってくるの、もっと遅くなるんじゃなかった?」

「ん……ああ、お前が待ってるだろうと思ってな」

「あっちでパーティーに呼ばれなかった?」

「まぁ……いろいろあってな……後で話すよ。
 ん? もしかしてお前、誰かに招待されてたのか?」

お兄ちゃんが手を止めて振り向きました。

「Vに」

「あ……すまん。考えてなかった。
 お前、パーティーを断って、ケーキが届くのを1人で待ってたのか……」

「良いの。もう、ケーキ届いたし」

やっと胸の奥から悦びが湧き上がってきて、わたしは笑みをこぼしました。

「ケーキはどっちにしたの?」

「当ててみな」

「うーーん、チョコレートでしょ。お兄ちゃん、甘いの苦手だから」

「半分当たり」

「?」

「両方だ」

お兄ちゃんが大きな鞄からそーっと取り出してテーブルに置いたのは、
イチゴ生クリームとチョコレートの、2つのケーキでした。

「こんなに2人で食べきれないよ?」

「美味いから明日も食べられるさ。まだある」

続いて鞄から出てきたのは、アルコール抜きのシャンパンと、
フライドチキンでした。

「もうひとつ」

お兄ちゃんは丈の長いコートの中に手を入れて、ごそごそしました。
中から出てきたのは、少しひしゃげた真っ赤な薔薇の花束でした。

「手品みたいに綺麗には出せないな……」

わたしはしばらく声も出ませんでした。

「これ、わたしに? 高かったんじゃない?」

「買うの恥ずかしかったけどな……クリスマスぐらいいいか、と思ってな。
 病気の妹のお見舞いだ、って言ったらオマケしてくれたよ」

お兄ちゃんは、驚いたわたしに満足したのか、白い歯を見せて笑いました。


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