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クラスメイトたちは、漫画雑誌を読み尽くすと、帰って行きました。
わたしは気疲れして、ぐったりしてしまいました。
翌日の昼過ぎ、担任の先生がまた顔を見せました。
「××さん、調子はどう?」
「先生、おはようございます。
昨日、×班の人が、お見舞いに来てくれました」
「騒いだりしてなかった?」
「はい。みんな、静かにしてました。
でも……もう、来てもらわないほうが良い、と思います」
ホームルームで、順番にお見舞いに行くことになったんでしょう?」
「そうだけど……何かあったの?」
「何も、ありませんでした。
みんなと、何も、話すことがありません。
みんな、とても居心地悪そうでした」
先生は、少しのあいだ口をつぐんでから、言いました。
「そう……。
じゃあ、あなたが疲れるといけないから、
お見舞いは遠慮する、ってことにするね?」
「はい。よろしくお願いします」
「この話はこれでおしまいっ。
このプリントを見てちょうだい」
先生はバッグから、プリントの束を取り出しました。
「授業で使ったプリントと、その模範解答。
まず、プリントを読んで、全然わからないところがあったら教えて」
わたしは1枚ずつめくって、目を通しました。
「別に、わからないところはありません」
「え……?」
先生は、いくつか質問をしてきました。難なく答えられました。
「あなた……いつの間に勉強したの?」
本当は中学校の勉強をしていることは、黙っておいたほうが良さそうでした。
「夏休みのあいだに、2学期の予習をしました」
先生はため息をつきました。
「はあ……みんなもあなたみたいだったら、先生も楽なんだけどなあ。
もうすぐ修学旅行だから、みんな浮かれちゃって。
あ、ごめんなさい。修学旅行までに、退院は無理よね?」
「いいです。別に、興味ありませんから」
本当に、乗り物酔いに悩まされなくて済んで、ありがたいぐらいでした。
「お土産買って来るからね」と言って、先生は帰りました。
先生が帰ったあと、わたしは気が抜けて、ぼうっとしていました。
その時、まったく思いがけない人が、入り口に現れました。
わたしの父親でした。
親が子の見舞いに来るのは当たり前なのですが、わたしは呆気にとられました。
父親は、黙って椅子に腰を下ろしました。
わたしは、何と言っていいかわからず、沈黙を守りました。
父親の顔をまじまじと見ていると、胸の中がどす黒いもので埋まるようでした。
病室の温度が、急に下がったような感じがしました。
気のせいか、周りのベッドの話し声まで静まりました。
「○○、まだ治らんのか?」
父親の第一声に、わたしはうなずきだけを返しました。
わたしは、自分が本当に父親を嫌っていることを、自覚しました。
ほかにも何か言われたような気もしますが、まったく覚えていません。
わたしの耳が、聞いた音を素通りさせたのかもしれません。
父親は、いつもの仏頂面で帰って行きました。
バタン、とドアが閉まると、いやじゃ姫のお母さんが寄ってきました。
「○○ちゃん、大丈夫? 顔が真っ青だけど……。
お父さんと、何かあったの?」
ひそめた声と、心配そうな顔を見て、何か言わなくちゃ、と思いましたが、
説明のしようがありません。
「だいじょうぶです。ちょっと、疲れただけです」
わたしは起きあがって、スリッパを履きました。
窓際まで歩いていって、窓ガラスに額を押しつけました。
こうすると、冷たくて気持ちが良いのです。
後ろで、声がしました。肝炎のお兄さんの声でした。
「つらいことは、いつまでも続かない。
続くのは、こうなったらどうしよう、って悪い想像だけだ。
良いことは、きっとある。生きてさえいれば」
わたしへの言葉か、独り言かわからず、わたしは振り返りませんでした。