18:


わたしの頭に置こうとしていた手を止められて、
お兄ちゃんが戸惑った声を出しました。

「ん? なにすんだよ?」

Cさんが言い募るように畳み掛けました。

「なにじゃないでしょ!
 セットしてきたばっかりの髪に、
 そんな汚い手で触っちゃ駄目じゃない!
 もう、なに考えてんの!」

お兄ちゃんは、右手を後ろに回してお尻でごしごし擦りながら、
恥ずかしそうに言いました。

「……ん、ああ、そっか。
 ○○、ごめん。
 あんまり綺麗な髪だったんで、つい」

一番聞きたかった言葉を、お兄ちゃんの口から聞いたのに、
わたしは反応できませんでした。頭の中が、真っ白になっていました。
わたしでも触れる事の出来ない、おにいちゃんの大きな手を、
なんの躊躇いもなく自然に取ったCさんの細い指が、目に焼き付いていました。

わたしが黙り込んでいると、お兄ちゃんの怪訝そうな声がしました。

「ん? ○○、どうした?
 顔色が悪いみたいだな。疲れたのか?
 ちょっと彼女送って来るけど、
 帰って来たら晩ご飯作ってやるからな」

わたしは微かに頷くのが精一杯でした。
Cさんは「一人でも大丈夫」とか言っていましたが、
お兄ちゃんは「荷物があるだろ」と言って靴を履きました。

わたしは、「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」と口の中で呟いて、
お兄ちゃんの背中を見送らず、自分の部屋に戻りました。

わたしがベッドの中で布団を被って丸くなっていると、
お兄ちゃんの帰ってきた物音がしました。
じっとしていると、階段を上る足音がして、ドアがノックされました。

「○○、寝てるのか? 入るぞ」

ベッドの端が、お兄ちゃんのお尻の重みで少し沈みました。
目をつぶったままでいると、ごつごつした硬い手のひらの感触が額に当たりました。
わたしが目を見開いて身じろぎすると、お兄ちゃんの声がしました。

「悪い。起こしちゃったか」

「お兄ちゃん、お帰りなさい」

「熱は無いようだな。
 晩ご飯、食べられるか?」

食欲は全くありませんでしたが、病気ではないと分かっていたので、
頷きました。お兄ちゃんは立ち上がりかけて、また腰を下ろし、
気遣わしげに尋ねてきました。

「○○、Cのこと、苦手か?」

わたしは少し考えて、答えました。

「Cさんのこと、嫌いじゃない、
 けど、なんて話していいか分からない。
 わたしとぜんぜん違うから」

嘘では、ありませんでした。Cさんはわたしに優しくしてくれました。
嫌う理由など、どこにもなかったはずです。

お兄ちゃんは、苦笑いしながら言いました。

「アイツもな、見た目は違うけど、結構お前と似たとこあるぞ。
 緊張すると強気でおっかなくなるとことか、
 ホントは神経細いとことかな」

わたしは、わたしにもおっかない所がある、というのが意外で、
「怖い?」と言って、思わずお兄ちゃんの顔をじっと覗き込みました。

「それそれ、その目。
 お前、緊張すると黙って人の目をじーっと見つめるだろ。
 瞬きしないもんだから、すげー迫力あるよ。
 Cもだいぶビビってた」

お兄ちゃんは笑いながら、「きゃーこわい」と手で頭を庇いました。
わたしは「もう!」と、怒ってお兄ちゃんを叩く振りをしました。
お兄ちゃんはひょいと立ち上がって、ドアの方へ後退し、

「もう大丈夫みたいだな。ご飯出来たら呼ぶから」

と言って、出ていきました。

残されたわたしは、天井を見つめ、やっぱりお兄ちゃんには敵わない、
と思いました。
いつしか、やりきれなさではち切れそうだった胸が、苦しくなくなっていました。

わたしは起きあがって、枕元に置いたトリートメントの瓶を手に取り、
Cさんよりも髪を長く伸ばそう、と何故だか心に決めました。


あー、よかったよかった
2017-10-12 22:30:01 (1年前) No.1
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