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ここでケンカを売られたり、告白されているお兄ちゃんが、
さっきより鮮明に想像できました。
でも、それを確かめる勇気は、わたしにはありませんでした。
「……ん? どうした? そんな顔すんな。
危ないと思ったら、生徒指導の先生に相談すると良い。
教師の中ではたぶん一番マシだ。紹介してやるよ」
お兄ちゃんは裏庭を通って来客用玄関に行き、
スリッパに履き替えて、わたしを職員室に連れて行きました。
「失礼します」
引き戸を開けて一礼するお兄ちゃんに倣って、わたしもお辞儀しました。
中では先生方が、昼食を摂っていました。
白髪頭の、がっちりした初老の男の先生が、生徒指導主任でした。
「××、やっぱり帰ってきてたのか。
さっき見かけて、お前じゃないかと思ってたんだ」
「T先生、お久しぶりです」
「高校決まったのか、よしよし。たまには元気な顔見せろよ」
「あんな事があったんで、顔出しづらかったんですよ」
お兄ちゃんは頭を掻きました。
「それより先生、これが俺の妹の××です。
今年からここでお世話になります。
体の弱いやつなんで、気にかけてやっていただけませんか」
T先生は、顔をこちらに向けました。
「おー、こりゃお前に似ず大人しそうだな。
俺が夜中に叩き起こされるような事はなさそうだ」
T先生が露骨ににやついたので、お兄ちゃんが抗議しました。
「先生、もう勘弁してくださいよ」
「妹の前だからって、あんまり格好つけるなつけるな」
お兄ちゃんは、T先生に気に入られているようでした。
わたしは会話に割り込むタイミングがわからず、
とりあえずお辞儀しました。
「初めまして。××○○です。よろしくお願いします」
顔を上げるとなぜか、職員室中の視線がわたしに集中していました。
失敗してしまったのだろうか、と頬が熱くなりました。
しゃちほこばっているわたしの背中を、お兄ちゃんがぽんぽんと叩きました。
「そんなに緊張しなくても、取って食われる訳じゃないって。
こんなおっかない顔してるけど、ホントは良い先生なんだぞ」
「お前なー、そりゃどういう意味だ?」
そう言いながら、T先生も笑っていました。
わたしは緊張が解けて、ホッとしました。
学校からの帰り道、お兄ちゃんが口を開きました。
「なぁ○○」
「なに? お兄ちゃん」
「中学校では友達が出来ると良いな」
「うん」
「R君とは会ったか?」
「クラスが別になったから、まだ会ってない」
「そっか……まぁ焦ることないさ」
「うん……」
ゆっくりゆっくり歩いても、家に着いてしまいました。
お兄ちゃんはわたしの部屋で荷物を下ろすと、わたしの頭に手を乗せました。
「じゃ、兄ちゃん行くよ」
「え、もう? じゃあわたしも、駅まで一緒に行く」
「きりがないからな、ここで別れよう。
……そんな顔すんなよ。な?」
わたしは一生懸命になって、ぎこちない笑顔を作りました。
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」
お兄ちゃんの手が、離れていきました。
「○○、元気でな」
短い別れの言葉を残して、お兄ちゃんはドアを開けて出ていきました。
ドアが閉まるまで、わたしはその場を一歩も動かず、見送りました。
胸が締め付けられましたが、深呼吸して、涙をこらえました。
お兄ちゃんの居ない、新しい中学生活が始まりました。
わたしのクラスの担任は、国語の女教師でした。
最初のホームルームで班分けが決まりました。
わたしの班には、見知った顔がひとりも居ませんでした。
いったいどういうメカニズムによるものか、数日が過ぎると、
教室には女子のグループがいくつも発生していました。
わたしはどの群れにも属さない、はぐれ鳥のようでした。
最初はわたしに話しかけてくる女子も居ましたが、
話のテンポがずれているせいか、根本的に話題が合わないのか、
会話が続かず、お互いに気まずくなってしまいます。
休み時間や昼休みには、小学校の時のように、
本を読んでいることが多くなりました。
新しいクラスメイト同士で遊びに行くという相談を耳にしても、
わたしには縁のない世界のお話でした。
たまに、廊下でR君を見かけることがありました。
でもなぜか、声をかけようと視線を向けても、R君は気づかないようでした。
そんなことが何度か続いて、鈍いわたしでもさすがに、
R君にはっきり避けられているのだ、とわかってきました。
やっと友達になれたはずのR君の真意がわからず、わたしは首をひねりました。
気になる(*´∇`)