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「なにやってるんだ? お前」

お兄ちゃんは訳がわからないようで、心底不思議そうでした。

「ホ、ホントになんでもないから……」

舌がもつれて、わたしはうつむいたままもごもごと言い訳しました。

夜になり、一日かけた大掃除が終わって、お兄ちゃんが呟きました。

「家の中がさっぱりしたな」

「うん、なんだか家の中が明るくなったみたい」

お兄ちゃんは、ハハハと声をあげて笑いました。

「そりゃ気のせいじゃないぞ。蛍光灯が新品だ。
 その代わり俺たちが埃っぽくなったけどな」

「お風呂入る?」

「そうだな。俺たちもさっぱりするか」

毎回いっしょにお風呂に入る習慣ができて、
まだ気恥ずかしさや緊張は残っていましたけど、
それでもお互いのぎこちなさは、だいぶ減ってきていました。

湯船に肩まで浸かると、強張りがほぐれるようでホッとしました。

「○○、大晦日の夜は起きていられるか?」

「……どうして?」

「除夜の鐘を聞きながら年越し蕎麦食べて、
 それからお参りに行こう。神社は近くのとこでいいだろ?」

「わたしは近くのほうが良いけど、
 UやVもいっしょになると思うから、訊いてみないと」

わざわざ電車で遠くの有名な神社に行って、人混みに揉まれるのは嫌でした。

「Uちゃんたちが来るんなら、蕎麦だけ買い足しとかないといけないな。
 お前は大晦日の昼はのんびり寝てるといい」

「最近わたし、ごろごろしてばっかりだよ」

「少し太ったか?」

「計ってないからわからない。増えてたら良いな」

脇腹を自分で掴んでみましたが、脂肪が付いているようには思えませんでした。

「女の子はふつう体重が減るのを喜ぶもんだけどなぁ」

わたしは洗い場に上がって、お兄ちゃんに背を向けて尋ねました。

「やっぱりわたし、痩せすぎ?」

お兄ちゃんがわたしの肩や背中を撫でながら、言いました。

「……そうだな、もうちょっと肉を付けたほうがいいかな。
 でもこういうのは体質もある。親戚で太ってる人見たことないだろ?
 背が伸びれば体重も増えるさ。あんまり気にすんな」

「うん……」

お兄ちゃんがゆっくり背中をこすりだすと、
わたしは口をつぐんで、漏れそうになる吐息を殺さなくてはいけませんでした。

お風呂場ではあやしい雰囲気にならないように、事務的に振る舞い、
体の前は自分で洗うのが、暗黙のルールになっていました。

お風呂から先に上がって、わたしはUに電話をかけました。

「もしもし、U、元気?」

「アンタこそ元気してるか〜?
 休み入ってからずーっと遊んでくれへんなぁ。
 兄ちゃんにべったりしてるんとちゃうか?」

「当たってる。すっかりUのこと忘れてた」

「……!」

「うそうそ。Uが意地悪言うから。お兄さんもお元気?」

「ヒマもてあましてるわ。それでなんやのん?」

「大晦日の深夜、Vも誘って近所の神社に初詣に行かない?
 お兄ちゃん、年越し蕎麦作るって言ってた」

「そやなぁ……兄ぃとアンタの兄ちゃんがおったら夜中でも安心やな。
 Vにはうちから電話しといたる」

「ありがとう。家に来る時間が決まったら連絡して」

受話器をおいて、熱いお茶を淹れました。
やがて湯上がりのお兄ちゃんが、ダイニングに入ってきました。

「はいお茶」

「さんきゅ」

「Uに電話してみた。Vといっしょに、大晦日の夜遅くに来るみたい」

わたしはさっきの電話の内容を、お兄ちゃんに話しました。

「そうか……またうるさいぐらい賑やかになるな。良い友達だ」

「うん」

UやVの顔を見なくなってまだ1週間も経っていないのに、
2人の顔を思い浮かべると、懐かしく思えました。

大晦日にわたしが昼寝しているあいだに、お兄ちゃんは買い出しに行きました。
混雑するけど、その代わり安く買えるそうです。

夜になって、紅白歌合戦も見ずにのんびりしていると、
玄関でチャイムが鳴りました。

「いらっしゃい」

そう声をかけながらドアを開けると、UとVは2人とも晴れ着姿でした。
その後ろには、YさんとXさんも立っていました。


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