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「トレーニング……って、わたしに手伝えるの?」

お兄ちゃんはわたしといっしょに住んでいた頃、
毎朝早くにロードワークや竹刀の素振りをしていました。
でも、それをわたしが手伝えるとは思えません。

わたしが不思議そうな顔を察したのか、お兄ちゃんは説明を始めました。

「ああ……最近は違うことやってるんだ」

「剣道じゃないの?」

「高校では剣道部には入らなかった。
 前に喧嘩で人を怪我させたからなぁ……。
 誘われて柔道部に入ったけど、あんまり真面目にはやってない。
 うちの学校の柔道部弱いんだ。
 今一番面白いのは、ボクシングかな」

「ボクシングって……殴り合うのが面白いの?」

お兄ちゃんは困ったような顔をしました。

「う〜ん、面白いといえば面白いけど、
 殴るのが面白いんじゃなくて、ぎりぎりまで自分を鍛えて、
 リングで一瞬の駆け引きを楽しむのが面白いんだ。
 お前にはわからないかなぁ……」

お兄ちゃんが誰かに殴られているところを想像したら、ぞっとしました。

「……殴られたら、痛いんでしょう?」

「ん、まあ、そりゃお互い様だからな。
 だから、殴られないように練習するわけさ」

お兄ちゃんは立ち上がって拳を構え、
頭を左右に振りながら、しゅっしゅっと宙にパンチを繰り出しました。
拳が速すぎて、ぜんぜん目に留まりませんでした。

「ボクシングジムに通ってるんだ。
 練習を一日でもさぼると思うように体が動かなくなる。
 お前は時間を計ったりしてくれれば良いから」

お兄ちゃんはTシャツとショートパンツに、わたしは体操服に着替えました。
最初のストレッチはいっしょにやりました。

さっきのシャドウボクシングをするのかと思ったら、
次はウエイトトレーニングでした。
お兄ちゃんが仰向けに寝て、腹筋をする回数を数えるように言われました。

「何回でもできるようになったから、数えるのが面倒くさいんだ」

お兄ちゃんは休みなく腹筋運動を続けます。
時々声を出して数えていると、わたしの声がかすれてきました。

「そろそろ止めるか。やりすぎた」

腹筋は二千回で止めて、今度は腕立て伏せになりました。

「ふつうにやったんじゃ時間がかかる。背中に乗ってくれ。
 ……しっかり掴まってないと落ちるぞ」

お兄ちゃんのがっちりした背中に、おんぶされるような体勢になりました。
そのままお兄ちゃんは腕立て伏せを始めました。

わたしは振り落とされないように、思い切り腕に力を込めました。
急にお兄ちゃんの動きがストップして、わたしの腕を掴みました。

「うぐ、喉に入ってる……それはチョークスリーパーっていうんだ」

「あ、ごめんなさい」

腕立て伏せを再開して、お兄ちゃんが言いました。

「ちょっと、体重、増えたか? やっぱり、少し、きついな」

わたしの体重は軽いほうでしたが、それでも人ひとり背中に乗せて、
腕立て伏せを続けるお兄ちゃんの体力は驚異でした。

お兄ちゃんは腕立て伏せをして、その後背筋やスクワットをしました。
お兄ちゃんのTシャツは汗だくになり、肩が汗で光っていました。

最後に3分間のシャドウボクシングを何ラウンドかやって、
もう一度ストレッチをしました。

トレーニングを始めてから数時間経ち、
ほとんど見ているだけだったわたしのほうが疲れてきました。

「お兄ちゃん、毎日こんなことしてるの?」

「ああ、あと走るのと、手首のトレーニングかな。
 空のペットボトルあるか?」

お兄ちゃんは寝る前に水を満たしたペットボトルを振って、
手首の運動をするそうです。

わたしが眠たそうにしてくると、お兄ちゃんがお風呂を沸かしてくれました。
お兄ちゃんがわたしをお風呂に入れてくれていた、3年前に戻ったようでした。
わたしは妙に眠くて、お兄ちゃんの言葉にあまり反応できませんでした。
お兄ちゃんに頭を洗ってもらいながら、気持ちよくて寝てしまいそうでした。

翌朝目が覚めると、お兄ちゃんのベッドで寝ていました。
ロードワークから帰ってきたお兄ちゃんが、わたしを起こしに来て、
まだ寝惚けているわたしを笑いました。

「○○はなんだか、子供に戻ったみたいだな。
 ゆうべは猫の真似してベッドにもぐり込んでくるし」

ぜんぜん覚えていないことを言われて、わたしは赤くなりました。


二、二千!?
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