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Uも綺麗でしたけど、髪を結い上げたVの華麗さには、目を奪われました。
「…………」
「あけましておめでとー!」
「Vちゃん、それはまだちょっと早いと思うよ」
Xさんが、さり気なくフォローしました。
「こんばんは。寒いでしょう? 上がってお蕎麦食べて」
みんなをダイニングに案内して座らせると、お兄ちゃんは手回しよく、
もう台所でお蕎麦を茹でていました。
「綺麗な着物……汚さないようにね?」
Vの振り袖は、見れば見るほど豪華で派手でした。
「そおー? うふふー、大パパがすっごく喜んでくれたよー」
「また、お爺ちゃんのプレゼント?」
「そうだよー」
「やっぱり……ところでU、今日は静かね? どうかしたの?」
いつも元気なUが、さっきからどういうわけか口を利いていません。
はにかんでいるようで、別人のように可愛く見えました。
「ちょっとな……帯が苦しゅうてな。
わたしはこんなんいらんちゅうてんのに、
お母ちゃんが着ろ着ろいうてうるさいねん。ホンマかなんわ」
「今のほうが断然、可愛く見えるよ?」
YさんがUの横で、うんうんとうなずきました。
「……どういう意味やねん!
せやけどこの家は静かやなぁ……アンタはテレビ見ぃへんかったか。
音楽ぐらい流したらどないや」
「いまはお兄ちゃんが居るから、寂しくない。
お兄ちゃんが居ないときは、たいてい本読んでるし。
本を読みながらだと、音楽を聴いても耳に入らないから」
Uはなんとも言えない顔をして、それ以上話を続けませんでした。
年越し蕎麦を食べてから、6人で神社に向けて出発しました。
外に出てみると、わたしは厚着で着ぶくれていましたけど、
それでも顔が冷気でこわばりました。
「UもVも、寒くないの?」
「今日は車やからな。Vのお父ちゃんが送り迎えしてくれるねん。
草履じゃそんなに歩かれへんしな」
「え?」
Uの視線を追うと、家の前の道に、大きなワゴン車が停まっていました。
運転席にいるのは、見覚えのあるVのお父さんでした。
「こんばんは」
「こんばんは、○○ちゃん、もっと遊びに来てください。Vが喜びます」
「こんばんは、はじめまして。○○の兄の△△です。
いつも妹がお世話になっています」
お兄ちゃんが頭を下げて、Vのお父さんに礼儀正しく挨拶しました。
「どういたしまして。
○○ちゃんやそのお兄さんなら、家はいつでも歓迎します」
Vのお父さんは、笑顔でそう答えました。
ワゴン車の後ろの座席に乗り込むと、もっぱらVがはしゃいでいました。
Uは帯が苦しいのか、それともVのお父さんに遠慮しているのか、
言葉少なでした。
わたしはふだんから無口でしたけど、人見知りしないはずのお兄ちゃんも、
車の中ではずっと黙っていました。
わたしはお兄ちゃんの耳許に顔を寄せて、囁きました。
「お兄ちゃん?」
「ん?」
お兄ちゃんも小声で答えました。
「どうかした? 元気ないね」
「別にそんなことないけどな……お前は、振り袖着たいとか思わないか?」
「振り袖? わたし、自分じゃ着られない。
それに和服はすごく高いよ。めったに着ないのに、勿体ない」
「そっか……しっかりしてるな、お前」
お兄ちゃんは苦笑いしました。
「お兄ちゃんは、振り袖を見たいの?」
「別に。お前が興味ないんだったら、どうでもいいさ。
ただ、Vちゃんが嬉しそうだったからな」
「お爺ちゃんがプレゼントしてくれたからじゃない?」
「あのお父さんも、優しそうだな……」
「うん」
お兄ちゃんの声が、とても寂しそうでした。
横顔を見ると、ふだんとは違う、遠い目をしていました。
わたしはお兄ちゃんが急に遠ざかっていくような、
不思議な恐怖に襲われて、座席の下でお兄ちゃんの手のひらを握りました。