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最後の日の朝はいつもよりだいぶ早く、目が覚めました。
でも、お兄ちゃんの布団は、すでにありませんでした。
着替えて身繕いしていると、お兄ちゃんが入ってきました。
「○○、もう起きてたのか。
お前もシャワー浴びるか?」
お兄ちゃんの頭はまだ濡れていました。
きっと朝のランニングの後、シャワーを浴びていたのでしょう。
「いい……髪乾かすの、時間かかるから」
「んー、でもなあ。
今日は電車や飛行機でずっと座ってないと駄目だろ。
さっぱりしてった方が良いって。
乾かすの手伝うからさ」
シャワーを浴びて帰って来て、お兄ちゃんに髪をブローしてもらいました。
「お客さん、かゆいトコロはありませんか〜?」
「お兄ちゃん、美容師さんみたい」
わたしはくすくす笑いました。
「んー、美容師か。それも良いな〜」
なんとなく、お兄ちゃんが女のお客さんに囲まれているところを、
思い浮かべてしまいました。
「もう……お兄ちゃん、なに考えてるの?」
「くくくくく、いや別にぃ」
「もう」
「もうもう言って、お前はウシか?」
「もう!」
「こらこら頭動かすな。頭、編んでやるから」
また、大きな一本お下げに髪を編んでもらいました。
連れ立って居間に行くと、いとこたちが集まっていました。
K姉ちゃんとL姉ちゃんも、わたしたちを見送りに来てくれたのです。
「あんまし遊び行けへんかったけど、
来年もまた来(き)いな。
やっぱし凶暴な姉ちゃんよりかわいー妹のほうがエエわ」
L姉ちゃんがそう言って、すかさずK姉ちゃんにげんこつを貰っていました。
玄関の外でみんなに見送られ、I兄ちゃんの運転する車に乗りました。
駅でI兄ちゃんに手を振って別れを告げると、お兄ちゃんと二人になりました。
「酔ったか?」
「……少し」
乗り物酔いもありましたが、もうすぐお別れだと思うと、心が沈みました。
「まだ時間あるし、ゆっくり行こう」
乗り換えに時間を掛けて、休み休み行きました。
空港の最寄り駅への特急列車は、席が空いていました。
お兄ちゃんが自分の膝を、ぽんぽん叩いて言いました。
「ここに頭乗せろ。少しは楽になる」
わたしが黙って頭を乗せると、麦わら帽子がかぶせられました。
列車の揺れに誘われて、わたしはうとうとしました。
お兄ちゃんに揺り起こされて目覚めると、列車が停まりました。
「なんか腹に入れてくか?
朝からなんにも食べてないだろ」
「食べると吐きそうになるから、我慢する」
「そっか……。
じゃ、ちょっと風に当たってくか」
駅前の繁華街を歩きましたが、人通りが多くて風はありませんでした。
お兄ちゃんが、不意に足を止めました。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ほら」
お兄ちゃんの向いた先に視線を向けると、路上でアクセサリーが売っていました。
「ああいうの、興味ないか?」
「ない」
実際に興味はありませんでした。お兄ちゃんは苦笑しました。
「……そっかあ。ま、ちょっとだけ見ていこ」
お兄ちゃんがしゃがみ込んだので、わたしもしゃがみました。
「こんなのどうだ?」
お兄ちゃんは、サングラスを掛けた売り子の人に目をやってから、
シンプルな銀のデザインリングを取り上げました。
お兄ちゃんはわたしの左手を取って、薬指にはめました。
「うーん。やっぱ指が細すぎるか。
まだお前には早いな。
学校に指輪していくわけにもいかないしな」
お兄ちゃんは指輪を戻し、わたしのおでこから前髪を払いました。