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夕方まで勉強していると。F兄ちゃんが、わたしたちを外食に誘いに来ました。
わたしに鼻血を出させたお詫びに、美味しい焼き肉を奢ってくれると言います。
わたしは脂っこい料理はあまり、好きではありませんでしたが、
お兄ちゃんの顔がパッと輝いたので、行くことにしました。
わたしは髪をほどいて、外出着に着替えました。
F兄ちゃんの車はセダンで、後ろの席も広々としていました。
F兄ちゃんはしきりに、わたしに話し掛けてきました。
今思うと、F兄ちゃんは男兄弟だったので、女の子が珍しかったのでしょう。
F兄ちゃんは、もう適齢期を過ぎていましたが、独身でした。
わたしが「どうして結婚しないの?」と聞くと、笑ってごまかしていました。
焼き肉専門店は、明るく広々として豪華でした。
お兄ちゃんが、お肉を焼いて、ひっくり返してくれました。
お兄ちゃんは、こと料理に関しては、焼き加減などにとてもうるさいのです。
大根下ろしのタレで、程良く焼けた肉を口にしました。
お兄ちゃんの料理より美味しいはずがない、と期待していなかったのですが、
舌がとろけるような味に、びっくりして言葉を失いました。
わたしの驚いた顔を見て、お兄ちゃんが言いました。
「ここの肉は美味いんだ。
俺も一度しか連れて来てもらってないんだぞ」
わたしはいつもより多く、普通の1人前ぐらいのお肉を食べました。
お兄ちゃんは、わたしの5倍ぐらい食べていました。
F兄ちゃんは、「1杯だけ」と言って、ビールを美味しそうに飲みながら、
にこにこしていました。
会計の時、F兄ちゃんは大きな財布を取り出して、ふだん家計を預かっている
わたしの目からすると、許せないほど高い代金を支払っていました。
F兄ちゃんは財布からさらに、一万円札を2枚抜き出して、
「お婆ちゃんには内緒だぞ」と言いながら、
わたしとお兄ちゃんに1枚ずつ握らせました。
わたしは、受け取って良いものかどうか迷いましたが、
お兄ちゃんが頷いたので、「F兄ちゃん、ありがとう」と言ってお辞儀しました。
家に帰って夏着に着替え、お兄ちゃんがお風呂から上がるのを待ちながら、
居間のちゃぶ台で勉強していると、またF兄ちゃんがやって来ました。
「○○、また勉強か?
子供はもっと遊ばにゃいかんぞ。
真面目すぎても面白うない。
兄ちゃんが笑い方教えたろか?」
F兄ちゃんが、隣に腰を下ろしました。
何をするのだろう、と、わたしが不思議に思っていると、
F兄ちゃんの両手が伸びてきて、わたしの脇の下を、くすぐりだしました。
わたしは仰向けに倒れて、身をよじりましたが、くすぐりは止まりません。
容赦のない攻撃に、わたしはお腹の底から声を上げて、笑いこけました。
やがて、脇腹が引きつって、息ができなくなりました。
わたしがぴくぴくと痙攣していると、騒ぎを聞きつけたお婆ちゃんが、
どたどた入って来て、怒鳴りつけました。
「F、お前なにやっとるん!」
F兄ちゃんは、お婆ちゃんに耳を掴まれて、連れて行かれました。
わたしがそのまま、ぐったりしていると、お兄ちゃんがやって来ました。
お兄ちゃんは、乱れたわたしの夏着の裾を、そっと直してくれました。
それから枕とバスタオルを持ってきて、わたしにしばらく寝ていろと言いました。
わたしが息を整えていると、団扇であおいでくれました。
「なあ、○○。
F兄ちゃんはちょっとやりすぎたけどな、
別に悪気はないんだ。
反省してるみたいだし、許してやってくれるか?」
わたしは寝たまま、こくこく頷きました。
F兄ちゃんはわたしより子供っぽい、と思いましたが、嫌悪はしませんでした。
むしろ、わたしに言葉を掛けない父親より、
F兄ちゃんが本当のお父さんだったらいいのに、と思いました。
横になっていても、手の届くところにお兄ちゃんが居て、勉強している。
それだけで、他になにも望むものはありませんでした。
わたしは、自宅に居た時の体の強張りが取れて、タコになったような気がしました。
そうして数日が、平穏に過ぎて行きました。
お兄ちゃんは、わたしと布団を並べて、客間で寝るようになりました。
わたしは毎晩遅くまで、お兄ちゃんと話し込んで、朝寝坊しました。
でも、お兄ちゃんは夏期講習があるので、午前中、家に居ません。
わたしは、する事がないので、お婆ちゃんの白髪を抜いてあげたり、
広い家の拭き掃除をしたりしました。
数日掛けて、お兄ちゃんの部屋以外を、すっかり綺麗にしてしまうと、
お兄ちゃんの部屋を見たくなりました。
田舎に来てからまだ、お兄ちゃんの部屋には入っていません。
勝手に入るのは気が引けましたが、お兄ちゃんが田舎に来る前も、
お兄ちゃんの部屋は、わたしが掃除していた事を思い出して、
お掃除するだけだから、と自分を納得させました。
鍵が掛かっているかもしれない、と思いましたが、行ってみると、
お兄ちゃんの部屋のドアには、鍵が付いていませんでした。