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b君がパッと顔を上げ、微笑みました。
どういうわけか、告白されるはずのわたしのほうが緊張していました。
とりあえず、わたしから声をかけました。
「ごめんなさい、遅くなって」
「いいっていいって。待ってるのも楽しいよ」
b君の言っている意味が理解できなくて、わたしは曖昧にうなずきました。
「…………」
困ったことに、こういう場面でどう受け答えしたらいいのか、
そんな知識はわたしにはありませんでした。
わたしは話を促すように、ただじいっとb君の目を見つめました。
b君はまっすぐに、わたしの目を見返してきました。
落ち着き払っているらしく、b君の瞳は揺らぎませんでした。
なんとも不思議な時間が流れました。
にらめっこしているような、お見合いしているような。
ハッとして我に返りました。
ずっとこのまま見つめ合っていたのでは、ラチがあきません。
「あ……」
「?」
「あの……お話は?」
「あ! そうだった。ごめんごめん。
××さんがじっくりこっちを見るのは初めてだから、
つい見入っちゃって。あはははは」
笑い方ひとつ取ってもお兄ちゃんとはぜんぜん違うんだ、と思いました。
お兄ちゃんより良いとか悪いとかでなく、未知の感情表現でした。
「話っていうのはね、まぁ、あれだ、わかりやすく言うと、
オレはキミが好きだってこと」
予想はしていたはずなのに、いざ真っ正面から言われてみると、
頭の中が一瞬白くなりました。
「……どうして?」
わたしは混乱していたようです。思わず問い返していました。
話をした覚えもない相手に好かれるというのが、信じられませんでした。
「どうしてって……ははは、なんとなくかな。
はっきりした理由が要るの?」
逆に聞かれて、わたしは言葉に詰まりました。
「例えばキミの髪が好きになったとして、
キミが髪型や色を変えたら好きじゃなくなるのか、そんなことない。
好きになったのはキミのパーツじゃなくて、『キミ』なんだから」
わたしはなぜか、自分の足場が崩れていくような、不安を覚えました。
「話したことないのに、わかるんですか?」
「話は、まぁ、まだちょっとしかしたことないか……。
でも、××さんもUさんとは喋ってるじゃない。
キミが思ってるより、オレはキミのことよく知ってる」
じっとわたしの目に見据えられたb君の視線が、心をかき乱しました。
わたしは自分の胸を抱いて、お守り代わりの生徒手帳に手を触れました。
努力のすえ、わたしはやっと言葉を絞り出しました。
「あの……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「わたし……誰とも付き合う気ないから」
「まぁまぁ、付き合ってみなくちゃわからないじゃない。
返事はあせらないからさ。気長に考えてみてよ。
今日のところはこれぐらいにしておこう。
じゃあ、またね」
b君は笑顔を崩さず、何気ない足取りで立ち去って行きました。
わたしはしばらく呆然として、その場に立ったままでした。
わたしがぼうっとしていると、UとVが駆け寄ってきました。
「○○、どないしたんや! なんかされたんか?」
「……なんにも」
「そんなら、なに気ぃ抜けた顔してるんや」
「うん……ちょっと、わけがわからなくて」
Vがわたしの目の前で、手のひらをブンブン振りました。
「まさか、OKしたんか? bのヤツ機嫌好さそうに歩いていきよったで?」
「してない。断った、つもり」
「ハァ? ちゃんと『ごめんなさい』て言うたんか?」
「言った……けど、伝わってるかな?」
「そら、誤解するアホはおらへんやろ。どないなってるんや?」
「わたしも、よくわからない」
わたしたち3人はそろって首を傾げました。
その日の放課後、帰る支度をしていると、b君がやってきました。
「××さん、いっしょに帰らない?」
なにか言いたげなUを手で制して、答えました。
「ごめんなさい。帰りはいつも、3人で帰ってるから」
Rとはなんだったのか…