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でも、そんなことはどうでも良い、と思いました。
お兄ちゃんの態度がいつも通りになるんだったら……それで十分。
「お兄ちゃん……プレゼントは?」
「あ」
お兄ちゃんがカメラのファインダーから顔を上げました。
「いけね……すっかり忘れてた」
「もう……」
顔を見合わせて、わたしとお兄ちゃんは笑みをこぼしました。
お兄ちゃんはカメラを置いて、鞄から大きな包みを取り出しました。
「なに?」
わたしはお兄ちゃんに並んで、ベッドの縁に腰を下ろしました。
「これはF兄ちゃんからのお土産。アロエの栽培セットだ。
手間もかからないし、葉っぱを細かく刻んで食べれば体にいいらしい。
お前のこと心配してたぞ。電話しとけよ?」
「うん」
「で……こっちがクリスマスプレゼントなんだが……。
開けるのは明日まで待ってくれ」
手渡された大きな軽い包みは、衣類のようでした。
「……? どうして?」
お兄ちゃんは、困ったような顔をしました。
「実は……これもパジャマなんだ。Vちゃんのとダブっちゃった」
「え? じゃあ、着替えようか?」
お兄ちゃんが選んでくれたパジャマを、すぐに見たかったのです。
「友達からのプレゼントを放り出すのはまずいだろ。
俺のは明日でいい」
「う……そうね。これも、可愛い?」
「あ、ああ……お前が今着てるのとは違うけど、
すごく可愛いと思う……」
お兄ちゃんはそっぽを向いて、自信なさげに答えました。
「そう……? 明日が楽しみ」
「あはははは」
「お兄ちゃん、もう寝る?」
「あ、ああ……お前ももう、休んだほうがいいな」
「……今日は、こっちで寝たらダメ?」
一瞬、ぴきり、と空間が固まりました。
おかしな雰囲気になる前に、わたしはあわてて言い足しました。
「まだ、いろいろ話し足りないし……わたしが見た、夢のお話とか」
「……恐い夢でも見るのか?」
お兄ちゃんが振り向いて、じっとわたしを見つめました。
「うーん……どうなんだろ? 恐くはないんだけど、不思議な夢」
「じゃ……寝るまで付き合うよ」
電灯を暗くして、ベッドサイドのランプの明かりだけになりました。
お兄ちゃんのベッドにもぐり込むと、あまり使われていないシーツは、
干し草のような匂いがしました。
「どんな夢なんだ?」
薄暗い部屋の中で、こちらを向いて横たわったお兄ちゃんの顔が、
影絵のように浮かび上がりました。
「夢……なのかな? 目が覚めていても、見ることがある」
「白昼夢?」
「繰り返し見るイメージ……。
どこなのかわからないんだけど……砂漠みたいな場所」
「砂漠? 砂ばっかりなのか?」
「砂漠っていっても、砂丘じゃなくて……火星の写真みたいな。
赤茶けた砂と土と岩ばっかりで、ずっと遠くには山が見える。
グランドキャニオンみたいな感じかな?
草も木も生えてなくて、動物も虫も、動く物はなにも無いの」
「ずいぶん寂しい場所だな……」
「寂しい……とは感じなかった。むしろ、ホッとして落ち着く感じ。
砂漠といっても、夜だから暑くはないし。
星は見えないんだけど、丸い青い月が上がってて、
月の光が優しく辺りを照らしてる。風もなくて、とても静か」
「だれも居ないのに、淋しくないのか?」
「うん……わたししか居ないのに、1人じゃないような気がした。
だから、目が覚めている時でも、たまに思い浮かべるの。
そのイメージを見ていると、なんとなく落ち着くから」
「不思議な夢だな……」
お兄ちゃんはなにかを考えているのか、黙り込みました。
そのシルエットが、彫刻のようでした。
「でも、今はお兄ちゃんが居るから、そんなの必要ない」
手探りでお兄ちゃんの手を握ると、きゅっと握り返されました。
大きく息を吸うと、お兄ちゃんの髪から整髪料の香りがしました。
それだけで、心が安らぎました。
このまま眠れたら、今日は最高の一日で終わる、と思いました。
でも、わたしの胸にはまだ1つだけ、小さな
髪を撫でようと手を伸ばしてきたお兄ちゃんに、わたしは囁きました。
「お兄ちゃん、大事なお話があるの」
お兄ちゃんの手が動きを止め、体が硬く強張るのがわかりました。
わたしはお腹が縮んで、胃が本当にキリリと痛みました。
長い長い沈黙の後、お兄ちゃんが長く息を吐きました。
「……なんだ?」