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お兄ちゃんの膝でくつろぎながら、穏やかに午後が過ぎていきました。
年末のどうでも良いテレビ番組は、さっぱり頭に入りませんでしたけど、
身を寄せ合っているだけで、わたしは満たされました。
「お兄ちゃん、足痺れない?」
「お前、軽いからな」
「今度はわたしが膝枕しようか?」
お兄ちゃんは、体を震わせて笑いました。
「膝枕してくれる猫なんて聞いたことないぞ」
「猫の恩返し」
わたしが膝を揃えてソファーに座ると、お兄ちゃんが頭を乗せてきました。
「んー……ふかふかで気持ちいいな」
お兄ちゃんは頬ずりして、パジャマの生地の感触を確かめました。
「お兄ちゃん、くすぐったいよ。
あんまり肉がないから、気持ちよくないんじゃない?」
わたしは痩せているので、両膝を合わせてもあいだに隙間ができてしまいます。
「いや。膝のあいだに頭が入ってちょうどいい」
お兄ちゃんの顔がよく見えないので、わたしは覗き込みました。
「お兄ちゃん、耳が汚れてるよ。耳掃除してる?」
「んー? 自分でたまに」
「わたしが耳掃除してあげる。あ、でもその前に、お風呂に入らなくちゃ」
お風呂、と言ったとたんに、お兄ちゃんが膝の上で固まりました。
まずい、と思って、心臓がドキドキ高鳴り始めたのを悟られないように、
努めてなんでもない風を装って続けました。
「お湯に浸かって耳垢をふやかさなくちゃ。
わたしは、背中こすってくれるだけで良いから」
「……ん」
お湯を溜めて、風呂場に入ると、自然と2人とも無言になりました。
白いお湯に肩まで浸かって、お兄ちゃんを見ると、
表情の読めない顔つきで、視線を逸らしています。
「先にわたしが洗うね」
わたしは洗い場に座って、泡立てたスポンジで肩からこすりはじめました。
緊張のせいか、お湯に浸かっていたのに肩がこちこちでした。
「……○○」
「なに?」
「昨日のことだけど……」
口ごもるお兄ちゃんに、わたしはすかさず問い返しました。
「昨日、なにかあった?」
「…………」
「……背中、流して」
わたしが肩の震えを抑えながら、息をひそめて待っていると、
お兄ちゃんは湯船を出て、わたしの背中を丁寧にこすりはじめました。
無言のまま、なにかの儀式を執り行っているみたいに。
わたしはお兄ちゃんに気づかれないように、
両腕で胸を抱えて、ゆっくりゆっくり長い息を吐きました。
無言でスポンジを渡され、今度はわたしがお兄ちゃんの背中をこすりました。
お互い暗黙のうちに、事務的な作業のように振る舞っていました。
先にわたしがお風呂から上がって、猫さんパジャマを身に着けました。
リビングで待っていると、お兄ちゃんがスエットを着て現れました。
「来て」
自分の膝をぽんぽん叩いて、お兄ちゃんを頭を乗せました。
救急箱から取ってきた綿棒の先を、お兄ちゃんの耳の穴に近づけました。
「動かないでね」
息を詰めて手探りで奥まで差し込み、綿棒の側面でこすりました。
手応えがあったので、そこをゆっくりこそげ取ると……。
「お兄ちゃん、すごい大きい耳垢が取れた」
「え? ホントか?」
わたしは広げたティッシュに、米粒大の耳垢を落としました。
「ほら。まだ取れそう」
「うわー……汚いな……」
「わたしが綺麗にしてあげる」
汚いとは感じませんでした。
むしろ、大量に収穫できたほうが、やりがいがあります。
両方の耳を綺麗にすると、今度はわたしの番でした。
お兄ちゃんの膝に頭を乗せて待っていると、頭を手で固定され、
いきなり耳になにか入ってきました。
わたしは思わず、びくりと身じろぎしました。
「動くなよ。危ない」
「……びっくりした」
「悪い悪い」
お兄ちゃんの指は、無雑作なようでいて、確実でした。
わたしが首をすくめる寸前まで、力を込めています。
むずがゆいような、痛いような感覚に、背筋がぞくぞくしました。