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「○○ちゃーん、お迎えにきたよー」
「兄ぃも連れてきたで」
「おはよう、V、U。おはようございます、お兄さん」
「おはよう、○○ちゃん」
外に出ると、b君も待っていました。
「おはよう、××さん」
「おはよう、b君」
b君は2人きりのときとは違って、猫をかぶっているようでした。
教室でクラスメイトと談笑している時のような、愛想の好さでした。
わたしはYさんのほうを向いて、尋ねました。
「お兄さんは、学校だいじょうぶですか?」
わたしたちを中学校まで送ってから自分の学校に行ったのでは、
Yさんが遅刻するのではないか、と思いました。
「うん、うちの学校はもう夏休みなんだ。
最近中学の校区で痴漢が出るって噂をUから聞いてさ。
ボディーガードを頼まれたんだ。
どうせなら、Vちゃんや○○ちゃんもいっしょにって」
早朝や夕方、通学路に痴漢が出没する、という噂は本当でした。
「まっ、Uなら痴漢が出ても自分でぶっ飛ばすから心配ないけどね。
あはははは……痛ッ」
Yさんは余計な事を言って、Uに蹴りを入れられました。
b君がYさんに話しかけました。
「朝なら、××さんはボクがいっしょだから心配いりませんよ」
「そう? でも人数多いほうが楽しいでしょ」
わたしも「そうですね」と、Yさんに賛成しました。
「そうだ、○○ちゃん、Vちゃん。夏休みになったら、プールに行かない?
Uに誘われてるんだけどさ、Uと2人で行ってもなぁ……」
Uのローキックが脛に炸裂して、Yさんが本当に痛そうな顔をしました。
わたしは、Yさんの墓穴の掘り方を見ていて、
本当はUに蹴られるのを楽しんでいるんじゃないだろうか、と思いました。
「わたし、泳げないんです」
「泳ぎ方なら教えるからさ」
「泳ぎ方知らないだけじゃなくて、お医者さんに運動を禁止されてるんです」
「あ、そっかぁ……元気そうなんですっかり忘れてたよ、ゴメンゴメン」
Uが意地悪そうに笑いました。
「いしししし、兄ぃまた振られたなぁ。
しゃあないから、わたしが付き合うたるわ。どうせ誘う彼女もおらへんし」
「やかまし!」
「○○ちゃん、そういえば体育はいつも見学だよねー。
海水浴もプールも行けないんだー。ざんねんー。
おっきな怪獣のかたちした浮き袋、見せたかったのにー。
2人で乗れるぐらい大きいんだよー?」
UとYさんとVの3人が居ると、b君が話に加わる隙はありませんでした。
横目でb君を見ても、特に不満そうな素振りはしていません。
わたしは、警戒したのは考え過ぎだったのかな、と思いました。
昼休みに、お弁当を食べながらUやVと話をしました。
「怖かったって、どういうことやのん?
今日はb、大人しゅうしとったみたいやけど」
「なんて言えばいいのかな……2人きりになると、
b君、日本語が通じなくなるの」
「えー? b君外国の人だったのー?」
「んなわけあるかい!」
「そうじゃなくて……うーん、わたしのイメージを頭の中に作ってて……
わたしとじゃなくて、そのイメージと話をしているみたいな」
魂の色の話をすると、Uの目がまんまるになりました。
「それ……アッチの世界に逝ってるんとちゃう? ヤバいで」
Vは首をかしげました。
「変かなー? 魂の色が見えるなんて、ステキじゃないー?」
「アンタも見えるんかい!」
「見えないけどー、見えたらいいなー、って」
Uがやれやれと肩をすくめて言いました。
「ま……Vみたいに現実と空想の違いをわきまえとったらまだマシやけどな、
区別してへんかったらマジやばいで」
わたしは回想してみました。
「あの時、b君はすごく真剣な顔だった……だからわたし震えたのかな」
「どないする?」
自分の気のせいだという思いと、蘇ってきた不安とがせめぎ合いました。
「もうすぐ夏休みだし、それまで集団登校してくれない?
なにもないとは思うけど……」
「よっしゃ。兄ぃも喜んどったしな、かめへんで」
そうして、夏休みがやってきました。