297:



夜遅く、両親が帰ってきました。淡々とgさんを紹介するお兄ちゃんに、
あんなに怒りをあらわにしていた父親は、沈黙を守っていました。
最後に、「勝手にしろ」と言っただけです。

騒ぎになるかもしれない、と危惧していただけに、拍子抜けしました。
今にして思うと、父親はお兄ちゃんを恐れていたのかもしれません。

夜遅く、お兄ちゃんがわたしの部屋にひとりでやってきました。

「○○、起きてるか?」

わたしは目をこすりながら答えました。

「うん、どうしたの? お兄ちゃん」

「話があるんだ……」

お兄ちゃんは言いにくそうに、言葉を切りました。

「なに?」

「さっきはきつく言ってごめんな」

「なんのこと?」

「『義姉さん』って呼べって言ったことだ」

「別に……気にしてない。当たり前のことだから」

「お前とgは歳も近いけど、一応、けじめだからな。
 あいつは……人付き合いが下手なんだ。
 田舎でも上手くやっていけなかった。
 難しいとは思うけど、できるだけ立ててやってくれないか」

「うん、わかった。
 でもお兄ちゃんとは、すごく仲が好さそうに見えたよ?」

「あれはなぁ……」

お兄ちゃんが苦笑いしました。

「お前は、gのことどう思った?」

「まだ、話をしていないからわからないけど……すごく印象的。
 わたしとはぜんぜん違う。なんだか怖いぐらい魅力的だった」

「それだけならいいんだけどな……。
 あいつは入学した時から、良い意味でも悪い意味でも目立ってた。
 良い時は誰でも惹き付けられる。
 悪い時は……周りをぜんぜん見ていない。
 気分の変化が激しいんだ。
 あいつはずっと独りぼっちだったからな……。
 無意識に人を惹き付けることを覚えたんだと思う。
 それでも、あいつは誰とも深くは交わらなかった。
 俺と似たところがある」

「お兄ちゃんと……?」

「俺よりもっと激しいけどな」

言われてみれば、うなずけるような気がしました。
誰にでも好かれるお兄ちゃんの人当たりの良さの背後に、
見えない聖域があることを、わたしは薄々感じとっていました。

「この家では三人で暮らすようなもんだ。
 俺は働きに出なくちゃいけない。
 不義理をかけたけど、謝ってまた喫茶店で働かせてもらうつもりだ。
 料理人の修業も始めたい。
 俺が留守のあいだ、gをお前に見ていてほしいんだ。
 お前には言っておくけど、あいつは精神を安定させる薬を飲んでる。
 気違いってわけじゃないぞ。
 暴れたりはしないけど、ひどく落ち込むことがあるからな……。
 心配なんだ。お願いできるか?」

頼める相手がわたししかいないことは明白でした。
お兄ちゃんから熱心に頼み込まれたら、答えはイエスしかありません。

「わかった。できるだけ様子を見てる」

お兄ちゃんは見るからにホッとした表情になりました。

「すまん……いや、ありがとう」

こうして、実質的に三人での生活が始まりました。

夜遅く、わたしはなにかの物音で目が覚めてしまいました。
起き上がって、なんだろう?と耳を澄ませると、人の声らしきものが
聞こえてきました。心臓がドクン、と跳ね上がりました。

ひそひそ話す声ではありません。わたしにも判りました。
初めて生で耳にする、セックスの時に女の人が出す声でした。

「あっ、あっ、あっ、ああーっ、△△クン……」

すすり泣くような、悲鳴にも似た声が、細く長く、切れ切れに続きます。
お兄ちゃんの声は聞こえません。

わたしは布団の中で、宙に浮いているような浮遊感と、
地の底に沈みこむような落下感を、同時に体験しました。

暑いのか寒いのか、自分が今何をしているのかも、わかりません。
息が肺に入ってこなくなって、胸が激しく痛みました。
どれぐらいそれが続いたのか……永劫の責め苦に思えました。

気が付くと、いつの間にか声は止んでいました。
わたしは暴れる心臓を押さえましたが、なかなか寝付けませんでした。
恋人同士なら、当たり前のことなんだ、と自分に言い聞かせました。

お兄ちゃんは午後からバイトに出かけますが、
gさんは高校をやめていたので、ずっと家に籠もっていました。
お兄ちゃんの部屋から出てくることは、めったにありません。

わたしは体調の良い時に学校に行き、あまり良くない時は家で寝ていました。
思い切って話しかけようにも、なかなか接点がありません。
籠もりっきりでは健康に悪いと思い、散歩に誘うことにしました。


き、きっつー
2017-07-23 13:33:18 (11ヵ月前) No.1
残り127文字