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夜遅く、両親が帰ってきました。淡々とgさんを紹介するお兄ちゃんに、
あんなに怒りをあらわにしていた父親は、沈黙を守っていました。
最後に、「勝手にしろ」と言っただけです。
騒ぎになるかもしれない、と危惧していただけに、拍子抜けしました。
今にして思うと、父親はお兄ちゃんを恐れていたのかもしれません。
夜遅く、お兄ちゃんがわたしの部屋にひとりでやってきました。
「○○、起きてるか?」
わたしは目をこすりながら答えました。
「うん、どうしたの? お兄ちゃん」
「話があるんだ……」
お兄ちゃんは言いにくそうに、言葉を切りました。
「なに?」
「さっきはきつく言ってごめんな」
「なんのこと?」
「『義姉さん』って呼べって言ったことだ」
「別に……気にしてない。当たり前のことだから」
「お前とgは歳も近いけど、一応、けじめだからな。
あいつは……人付き合いが下手なんだ。
田舎でも上手くやっていけなかった。
難しいとは思うけど、できるだけ立ててやってくれないか」
「うん、わかった。
でもお兄ちゃんとは、すごく仲が好さそうに見えたよ?」
「あれはなぁ……」
お兄ちゃんが苦笑いしました。
「お前は、gのことどう思った?」
「まだ、話をしていないからわからないけど……すごく印象的。
わたしとはぜんぜん違う。なんだか怖いぐらい魅力的だった」
「それだけならいいんだけどな……。
あいつは入学した時から、良い意味でも悪い意味でも目立ってた。
良い時は誰でも惹き付けられる。
悪い時は……周りをぜんぜん見ていない。
気分の変化が激しいんだ。
あいつはずっと独りぼっちだったからな……。
無意識に人を惹き付けることを覚えたんだと思う。
それでも、あいつは誰とも深くは交わらなかった。
俺と似たところがある」
「お兄ちゃんと……?」
「俺よりもっと激しいけどな」
言われてみれば、うなずけるような気がしました。
誰にでも好かれるお兄ちゃんの人当たりの良さの背後に、
見えない聖域があることを、わたしは薄々感じとっていました。
「この家では三人で暮らすようなもんだ。
俺は働きに出なくちゃいけない。
不義理をかけたけど、謝ってまた喫茶店で働かせてもらうつもりだ。
料理人の修業も始めたい。
俺が留守のあいだ、gをお前に見ていてほしいんだ。
お前には言っておくけど、あいつは精神を安定させる薬を飲んでる。
気違いってわけじゃないぞ。
暴れたりはしないけど、ひどく落ち込むことがあるからな……。
心配なんだ。お願いできるか?」
頼める相手がわたししかいないことは明白でした。
お兄ちゃんから熱心に頼み込まれたら、答えはイエスしかありません。
「わかった。できるだけ様子を見てる」
お兄ちゃんは見るからにホッとした表情になりました。
「すまん……いや、ありがとう」
こうして、実質的に三人での生活が始まりました。
夜遅く、わたしはなにかの物音で目が覚めてしまいました。
起き上がって、なんだろう?と耳を澄ませると、人の声らしきものが
聞こえてきました。心臓がドクン、と跳ね上がりました。
ひそひそ話す声ではありません。わたしにも判りました。
初めて生で耳にする、セックスの時に女の人が出す声でした。
「あっ、あっ、あっ、ああーっ、△△クン……」
すすり泣くような、悲鳴にも似た声が、細く長く、切れ切れに続きます。
お兄ちゃんの声は聞こえません。
わたしは布団の中で、宙に浮いているような浮遊感と、
地の底に沈みこむような落下感を、同時に体験しました。
暑いのか寒いのか、自分が今何をしているのかも、わかりません。
息が肺に入ってこなくなって、胸が激しく痛みました。
どれぐらいそれが続いたのか……永劫の責め苦に思えました。
気が付くと、いつの間にか声は止んでいました。
わたしは暴れる心臓を押さえましたが、なかなか寝付けませんでした。
恋人同士なら、当たり前のことなんだ、と自分に言い聞かせました。
お兄ちゃんは午後からバイトに出かけますが、
gさんは高校をやめていたので、ずっと家に籠もっていました。
お兄ちゃんの部屋から出てくることは、めったにありません。
わたしは体調の良い時に学校に行き、あまり良くない時は家で寝ていました。
思い切って話しかけようにも、なかなか接点がありません。
籠もりっきりでは健康に悪いと思い、散歩に誘うことにしました。
き、きっつー
2017-07-23 13:33:18 (7年前)
No.1