29:


目的が出来ると、どこからともなく、活力が湧いてきました。
まずは、一人で頑張ることから始めよう、と思いました。

良い友達を作るのは、わたしにとって、とてつもない難題だったからです。
小学校での5年間、一人の友達も作れなかったのに、
思い立ったと言っても、いきなり良い友達を作れるわけがありません。

お兄ちゃんが居なくなってから、家の中は荒れていました。
わたしは休みの日に、一日中かけて、家中を掃除しました。

特にお兄ちゃんの部屋は、念入りに雑巾掛けして、埃一つ無いようにしました。
布団を干し、シーツを洗うと、お兄ちゃんの匂いが薄れていくようで、
胸がちくりと痛みました。

それからも、お兄ちゃんがいつ帰って来ても良いように、
お兄ちゃんの部屋の窓を開けて風を入れ、埃が溜まらないように、
毎日欠かさず掃除しました。

料理ももう、お兄ちゃんに教わることはできません。
新しいメニューを覚えて、お兄ちゃんを驚かせるために、
写真のたくさん載った料理の本を買ってきました。

わたしの腕前は、味付けも盛り付けも、お兄ちゃんには遠く及びませんでしたが、
それでも、お兄ちゃんが疲れている時ぐらいは、代わりに料理できるように なりたかったのです。

意外な盲点だったのは、食材の買い出しでした。
わたしがスーパーで選ぶ品は、料理する以前から、
お兄ちゃんの買ってきた物より、質が落ちるような気がしました。

こんなことなら、お兄ちゃんと一緒に買い物に行って、
食材の見立て方を教わっておくんだった、と後悔しました。

家計の管理も、お兄ちゃんの居ない今は、わたしが引き継いでいました。
わたしは、克明に家計簿を付けることにしました。

毎日、一円の狂いも無いように記帳していると、そのうち、どこのお店で
何が安いのか、わたしにも見当が付くようになりました。

浮かせたお金は、いつか、お兄ちゃんの住んでいる所が分かった時の
ために、旅行資金として貯金箱に入れました。

その頃、同級生で塾に通ったことの無いのは、たぶんわたしだけでした。
わたしは、学年でトップの成績を取る、と心に決めました。

それまで特に、勉強というものをしたことがありませんでしたが、
お兄ちゃんが使っていた、6年生や中学の教科書・参考書を読んで、
まだ授業で習っていないところまで、予習をしました。

知識を広げるために、文学以外の本も読むようになりました。
学校の図書室でも、市立図書館でも、同じ学年で、わたしよりたくさんの 本を読んでいる人は、たぶん居なかったと思います。

時間を無駄にしないように、登下校中にも、歩きながら本を読みました。
最初のうちは、電柱にぶつかる事もありましたが、慣れてくると、
無意識によけられるようになりました。
今思うと、周囲の注目の的になっていたに違いありません。

そうしているうちに、桜の花が咲き、わたしは6年生になりました。
新しいクラスで、友達を作るまでは行かなくても、せめて、
クラスメイトと普通に会話ができるようになろう、と決意しました。

第一歩は、ノートを取ることから始めました。
わたしは、人の名前と顔を覚えるのが、大の苦手だったからです。
それまではクラスメイトでさえ、半分も名前を覚えていませんでした。

わたしは、黙って周囲の声に耳を傾けながら、
こっそりと、専用のノートに名前とへたくそな似顔絵を描き、
誰と誰が友達で、誰と誰が反目しているか、細かく記入していきました。

その時まで、注意して聞いていなかったため、耳に入っていなかった クラスメイトの会話は、わたしの気を滅入らせました。

テレビの話。ゲームの話。漫画の話。芸能界の話。お洒落の話。
そして、その場に居ないクラスメイトの噂話。
かろうじてわたしの興味を惹いたのは、漫画の話ぐらいで、
それさえも、話題の対象はわたしの趣味と、食い違っていました。

わたしは、一時撤退して、戦略を練り直すことにしました。
5年間のブランクは、わたしの周りに壁を築いていました。
興味もなく、知識もない話題に、いきなり加わるなんて、
どう考えても自殺行為に思えました。

考えあぐねた末、お兄ちゃんはどうしていただろう、と思い当たりました。
お兄ちゃんにはユーモアのセンスがあり、いつもわたしを笑わせてくれました。
わたしにそんなセンスはありませんでしたが、あらかじめネタを仕入れて、
繰り返し練習しておけば、なんとかなるかもしれない、と思いました。

とりあえず、落語の本やコントの本、ジョーク集を借りてきました。
長い文章を覚えても、わたしの喋り方では最後まで聞いてもらえそうにないので、
一つ一つが短いジョーク集に的を絞って、丸暗記することにしました。

何度か暗唱してから、念のために、お兄ちゃんの部屋のステレオセットに
吹き込んで、自分の声を聞いてみました。
わたしは落胆のあまり、思わずクッションに倒れ込みました。
抑揚のないわたしの声は、ジョークと言うより、むしろお経に似ていました。


勉強家やね、すごい(・ω・)
2017-05-30 03:36:28 (1年前) No.1
絶対出来ない……
2017-10-12 22:45:42 (1年前) No.2
残り127文字