136:



仲の良い2人が本気で喧嘩しているのを見たのは、これが最初で最後でした。
自分の目に映った光景が信じられず、わたしは立ちすくみました。

でも、わたしが硬直していたのは、ほんの短い時間でした。
なんとしても、すぐに喧嘩を止めなくてはならなかったからです。

わたしは教室に駆け込んで、「やめて!」と声を掛けながら、
2人のあいだに割って入ろうとしました。

ところが、2人とも興奮していて、わたしの声が耳に届きません。
軽すぎて、非力すぎたわたしは、Vの振った腕に弾き飛ばされました。

わたしは覚悟を決めました。どんな手段を使ってでも、喧嘩を止めようと。
冷静に頭を働かせれば、最適な方法を見つけるのは簡単でした。

近くにあったパイプ椅子を、わたしは両手で抱え上げ、叫びました。

「人が親切に止めてるのに、痛いじゃないのぉおおお!」

そして、大きなモーションで、椅子をUとVの真ん中に投げつけました。
もちろん、2人が椅子をよけられるように、タイミングを見計らってです。

わたしがしようとしていることを見て取った2人は、
パッと両側に飛び離れました。

パイプ椅子は、2人のあいだを通過して、向こう側の机に激突し、
がらがらがっしゃーん、と大音響を立てて机をひっくり返しました。

わたしがUとVの顔を見回すと、2人は一目散に教室を飛び出しました。
わたしは計算通りの結果に満足しながら、机と椅子を元通りにして、
トイレに行きました。

トイレから自分の教室に戻ってみると、UとVが教室の隅に居ました。
2人は身を寄せ合って、なぜか怯えた目でこちらを見ました。

わたしは真っ直ぐ歩み寄り、2人に声を掛けました。

「U、V、さっきは、ごめんなさい」

「……も、もうエエんか? 怒ってへん?」

「なにが?」

2人が仲直りしたようだったので、わたしは嬉しくてにっこりしました。

「あ、あぁ……○○、こっちこそスマンかった」

Uはまだ顔色が優れませんでした。

「○○ちゃんこわかったよー。もうしないよー」

Vは半べそをかいていました。

「ところで、どうして喧嘩してたの?」

「…………?」

UとVは、お互いに顔を見合わせました。

「なんでやったっけ……?」

「忘れちゃったー」

2人とも、肝心の喧嘩の原因を、すっかり忘れているようでした。

「……忘れるぐらいなら、大したことじゃないね」

「そ、そうやな。喧嘩するやなんてホンマにアホなことしてもうた」

「そうだねー。もうケンカはいやだよー」

「せやけど、○○だけはもう怒らさんほうがエエな」

Vがカクカクとうなずきました。

わたしはさっきの椅子投げが、本気じゃなかったと言うつもりでしたが、
考えを変えました。

当分のあいだ、演技だったと言わないほうが、抑止力になりそうでしたから。
ただそのせいか、後でUとVに種明かしをした時に、
本気じゃなかったといくら言っても、信じてはもらえませんでしたが……。

テスト自体は波乱なく終わり、じきに答案用紙が返ってきました。
わたしの成績はいつも通りでしたが、意外なことに、
Vの点数のほうが平均してUより上でした。

Uは「なんでやーー!」と叫んでいましたが、
毎日欠かさず真面目に予習復習していたVが良い点を取ったのは、
考えてみれば当たり前でした。

そして、林間学校の1日目がやってきました。
1年生はいつもより少し早く登校して、校庭に列を作り、
チャーターした観光バスに乗り込みました。

わたしの乗り物酔いの癖は軽くなっていましたが、
長時間バスに揺られることに、内心不安を抱いていました。


残り127文字