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お兄ちゃんが大皿から普通の皿に、炒飯を取り分けました。
お兄ちゃんの皿の方が、わたしの3倍ぐらいの量があります。
わたしはエプロンを外して、お兄ちゃんと食卓に着きました。
わたしは、お兄ちゃんがお腹を壊すんじゃないか、と本気で心配しました。
「お兄ちゃん……やっぱり食べなくっていい。
お腹壊しちゃう」
お兄ちゃんは構わず、大きなスプーンで炒飯を頬張りました。
「ん……ちょっと塩辛いな。
俺はこのぐらい平気だけど、
お前は食べない方がいいだろ」
わたしが俯くと、お兄ちゃんが笑いながら言いました。
「最初でこれだけ形になってれば上出来だって!
俺が最初に料理したときは、
真っ黒な炭になっちゃって、
どうしたって食べられなかったもんな〜。
あん時は参ったよ。
兄ちゃんだって、上手くなるように結構料理の練習したんだぞ。
工夫して料理するの好きだしな」
お兄ちゃんはそう言うと、手を休めず食べ始めました。
コップの水を沢山飲んでいましたが、
いつもの夕食の時より早いぐらいでした。
わたしが見つめている内に、お皿はすっかり綺麗になりました。
お兄ちゃんは、げふっ、とげっぷをして、気取った調子で言いました。
「それじゃ、お兄ちゃんが、お手本を見せてあげよう。
○○の晩ご飯も炒飯でいいな?」
わたしは勿論、大きく「うん」と頷きました。
お兄ちゃんはエプロンを着けて、冷蔵庫を開けました。
「えっと、材料は……。
お前はあんまり肉食べないから、
はんぺんを入れてやろう。
後は残ってる人参と葱と卵でいいかな……」
取り出した材料を、信じられないような包丁捌きで切り始めました。
「この包丁はよく研いであるからな、
力は要らないんだ。
力を入れすぎると刃先が滑って危ない。
今度はゆっくりやって見せるから、よく見てろよ」
わたしにもよく見えるように、手の動きがスローモーションになりました。
それでも、わたしが切った時とほとんど変わらない速さです。
「包丁は少し引くようにすると切れるんだ。
力任せにやると危ないし、刃を傷める」
お兄ちゃんは蘊蓄を語りながら、火を着けてフライパンを温めます。
油を敷く前に鍋を温める事、火加減、材料を入れる順番とタイミングなどを、
のんびりした口調で続けながら、休みなく手を動かしています。
わたしが言葉もなく見つめていると、お兄ちゃんが言いました。
「んー、最初は卵焼きから始めるのがいいかな。
卵焼きを上手く焼けるようになるのも大変だぞ」
お兄ちゃんは「ホントは片手で割るんだけどな」と言いながら、
わたしによく見えるように、両手を使ってゆっくり卵を割りました。
フライパンと菜箸を使って、炒り卵を作るやり方がやっと分かりました。
具にご飯を加えて炒める時、お兄ちゃんが中華鍋を振るうと、
ご飯が30センチぐらい宙に伸びて、魔法のように鍋に戻りました。
今考えても、お兄ちゃんの料理の腕前はプロ顔負けでした。
出来上がった炒飯は、外で食べるどんな料理より美味しく感じました。
わたしは感嘆して、お兄ちゃんに尋ねました。
「どうしてお兄ちゃんは、こんなに料理が上手なの?」
「ん、最初は仕方なく始めたんだけどな。
自分で作らないとロクなもん食えないし。
でもやってる内にだんだん面白くなってきてな。
……まだ内緒だけど、
兄ちゃん、料理人になりたいんだ。
いつか、自分の店を持って、お客さんを喜ばせたい」
わたしは仰天しました。その時までずっと、お兄ちゃんは将来、
父親の跡を継ぐものだと思っていたのです。
「お前にも、少しずつ料理のコツを教えてやるよ。
お前も勉強ばっかりじゃなくて、料理も出来た方がいいしな。
これから、俺が料理するとき隣で見てるといい」
わたしは、お兄ちゃんに料理を教わる約束をしました。
この時わたしは、お兄ちゃんと肩を並べて、
お兄ちゃんを驚かせるような包丁捌きをする、将来の自分を夢想しました。
しかしこの約束が、最後まで果たされる事はありませんでした。
わたしがお兄ちゃんの異変に気付いたのは、それからしばらく経ってからの事です。