126:
学校の帰りに並んで歩きながら、Uが現状分析を披露しました。
「休み時間にちょこちょこっと聞いただけやけどな、
もう噂は落ち着いてるみたいや」
「そう……」
「どっちかっちゅうとアンタよりZ君のほうが噂の的や。
なんせ授業中に男泣きやからなぁ。
アンタに何されたにしても情けなさ過ぎや……てな」
「うん……」
「なんや、まだ元気ないなぁ。アンタにしては珍しいで。
アンタの伝説に新しいページが加わったんが気になるんか?
R君のときは気にも留めてへんかったやん」
Uの声には、不思議がるような、面白がるような響きがありました。
わたしは立ち止まり、大きくため息をつきました。
Vが寄ってきて、「どうどう」とわたしの背中を軽く叩きました。
「V……わたし、馬じゃない」
「元気出そうよー、○○ちゃん」
「ごめんなさい」
わたしたちは、道端に積んであったコンクリートブロックに腰掛けました。
Uが遠くを見ながら、なんでもないという口調で言いました。
「溜まってるもんがあるんやったら、吐き出してしまい。
無理にとは言わへんけどな。なんぼでも付き合うで」
わたしはどこか遠くを見つめながら、口を開きました。
「わたし、自分が人間だと思えない」
「……ハァ?
人間やないて、どういうこっちゃ?」
「わたしは小さい頃のことを、ほとんど思い出せない」
「それは……ふつうとちゃうか?」
「小学3年生より前のことは、ほんの少し……。
わたしの一番古い記憶。
あれはわたしが5歳か6歳だったかな?
わたしはベッドの中で目が覚めた。
首を横に向けると、お兄ちゃんが居た。
床の上にノートを広げて、何かの勉強をしてるみたいだった」
「……それで?」
「わたしがじっと見ていても、お兄ちゃんは気づかない。
その時、ひとつの考えがわたしを襲った。
わたしは打ちのめされて、呆然とした」
「……その考えっちゅうのは?」
「わたしはわたしで、お兄ちゃんはお兄ちゃん。
わたしが頭の中で考えていることは、お兄ちゃんにわからない。
お兄ちゃんが考えていることは、わたしには読みとれない。
お兄ちゃんとわたしは、切り離された別々のもので、
どんなに近づいても、ひとつじゃないんだ、って。
わたしはひとりで、これからもずっとそうなんだ、って」
「アンタ……6歳でそんなこと考えてたんか」
Uが呆れたような声を上げました。
「わたしは寒くなって震えた。
声も出せなくなって、天井の模様をずっと見てた。
覚えているのはそこまで」
わたしは目をつぶって、息を整えました。
「せやけど……人間やったら、誰でもそうなんちゃうん?
ひとりひとり別々に生きてるから、
淋しゅうなって他の人を求めるんやろ?」
「そういうことじゃ、ない……。
ひとりひとり分かれているってことは、
頭の中で考えていることを、直接見比べられないってこと。
わたしが淋しいとか嬉しいとか思うこの感情も、
他の人と同じかどうかわからない。
U……チューリングテストって、知ってる?」
「……知らん。Vは知ってるか?」
黙って話を聞いていたVも、首を横に振りました。
「イギリスの天才数学者アラン・チューリングが、
今から40年以上昔に考えた、『知能』の判定法。
ディスプレイとキーボードを使って、
判定役が隣の部屋に居る誰かと文字だけの会話をするの。
隣の部屋に居るのがコンピューターか人間かは、
判定役には教えられていない。
もし、向こう側に居るのがコンピューターなのに、
判定役がそれを人間と区別できなかったら、
そのコンピュータには『知能』があるということになる」
話を聞きながら、Uは困惑したようです。
「……すまんけど、その話がどうつながるんや?」
「コンピューターがチューリングテストをパスして、
『知能』があると認められても、その中身は人間とは関係ない。
わたしが外から見て人間と認められても、頭の中を覗けない以上、
それが他の人と同じ『心』なのかどうか、わからない」
分からん・・・・。
2017-10-15 21:18:54 (6年前)
No.1
スペクトル変換と似たような話だね
2021-05-06 01:40:26 (3年前)
No.2