175:



「おいおい……U、店の人に聞こえたらどうすんだ?」

Yさんが小声でUをなだめにかかりました。

「聞こえたかてかめへん!」

「お前なぁ……せっかく今日はめっちゃ綺麗にしてんのに、
 怒った顔してたら台無しやないか……」

「……ホンマに綺麗か?」

「ああ、見直したで。帰りにケーキ買うたるから、機嫌直し」

「もう……兄ぃは……。わたしは食いモンに釣られる子供やないで」

文句を言いながらも、Uは大人しくなりました。

不意にVが歌うように言いました。

「わたしもケーキ食べたいなー。食べたいなー」

「Vちゃん……それって、ボクにケーキ買えってこと?」

「そんなことないよー。わたしお小遣いもってるしー。
 一番大きいケーキ買ってお家でみんなで食べるのー。
 おにーちゃんも来ていっしょに食べようよー」

「いや……遅くなるとまずいし」

「空いたお部屋あるから泊まっていけばいいよー、ね、そうしよー?」

Xさんは、Vのペースに逆らえないようでした。

わたしは小声で囁きました。

「お兄ちゃん……」

「ん?」

「ケーキ買う?」

「ああ、寿司はちょっとしか食えなかったしなぁ。
 お前、疲れてるだろ。帰ってから作ってたら遅くなる」

帰りの電車でも腰を下ろすことはできず、ゆらゆら揺られながら、
立ったままお兄ちゃんにもたれて、うつらうつらしました。

電車を降りて、駅の近くのケーキ屋にみんなで行きました。

「なんやー、エエもん残ってへんなー」

「こんな時間なんやからしゃあないやろ」

「大きいケーキより小さいほうが美味しそうだねー」

Vが大量に買い占めたので、陳列棚のケーキは品切れになりました。

人通りの少なくなった、駅前のロータリーで解散することになりました。
最後にUが言いました。

「みんなでまた遊ぼうな……寿司屋は最低やったけど、
 それ以外は最高やった」

Yさんが呆れたように言いました。

「まだ言ってる……今日は写真撮れなかったのが残念だけど、
 今度また、みんなの写真撮ってあげるからね」

そう言えば、Yさんがカメラを持っていないのは、今日が初めてです。

「お兄さん、カメラ、壊れたんですか?」

「いや……浴衣でごっついカメラ下げて歩くんやったら置いていくって、
 こいつが言うもんやから……」

「あったりまえやん」

「たまにはカメラを気にしないで遊んだほうが、楽しいと思います」

「こいつはカメラより手がかかるしね、ははは、いてっ!」

Uの良いパンチが、Yさんの脇腹に決まりました。

帰りのバスでは、空席に座ることができました。

「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「UとYさんって、良いね」

「ああ……でも、人それぞれだろ。俺たちだって、悪くないと思うぞ」

「うん」

バス停からの道は、暗くて怖ろしいほど静かでした。
わたしは足の裏の痛みをこらえながら、ああ、一日が終わっていく、
と思いました。

玄関に入って、わたしは言いました。

「着替えてお茶いれるね」

「ちょっと待った」

「え?」

「疲れてるだろうけど、着替えるのは写真撮ってからにしよう。
 今日は写真撮ってないからな」

お兄ちゃんはバタバタとカメラを取りに行って、すぐに戻ってきました。

「待って」

「ん? どうした?」

わたしは2階に上がって、自分の部屋に入りました。
鏡の前に座り、机の引き出しからリップクリームを取り出しました。

唇にリップを塗っていると、VとXさんのキスシーンが蘇りました。
顔が火照ってきて、胸がどっどっと打ちはじめました。

ノックの音がして、わたしは座ったまま飛び上がりました。

「○○、どうしたんだ?」

お兄ちゃんの怪訝そうな声が聞こえました。
わたしは「なんでもない」と答えようとしましたが、
出たのは「あぁぁぁぁ」という訳のわからない声だけでした。

お兄ちゃんがドアを開けて入ってきました。
振り向くと、本気で心配そうな顔をしていました。
お兄ちゃんの唇が、別の生き物のように動きました。

「だいじょうぶか?」

「ぁぁぁ…………キス」

わたしは、とんでもないことを口走っていました。


ぁああキスwwww
2017-04-13 20:14:25 (7年前) No.1
ぁぁぁ…………キスwwww
2017-07-22 06:32:30 (6年前) No.2
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