46:
わたしは固まってしまいました。
欲しいと願っていた弟が、降って湧いたように突然現れたのです。
「けど、Hはそのことを知らない。
周りも知らせる気は無い。
Hは一生、知らないままだろう……」
お兄ちゃんが、後ろからわたしの両肩に手を置きました。
「俺も、その方が良いと思う。
あいつは、今のままが幸せそうだ。
本当の親子より、親子らしい。
だから、俺たちがきょうだいだと、名乗り出ることはできない。
……分かってくれるな?」
わたしは、こくりと頷きました。
「あいつは、俺に懐いてる。
俺も、あいつが可愛い。
お前も、そうだろ?
人見知りするお前が、初対面であんなに気安くするなんて、
俺は見たことないよ」
「Hクンみたいな、弟が居ればいいな、って思った……」
「でも、お前はもう、会わない方が良い」
「え……?」
「Hの好みは知ってる。
あいつの周りにいる女の子は、みんなけたたましい。
お前みたいに、大人しくて落ち着いたのは居ない。
あいつはお前のことを気にしてる。
見てれば分かる。初恋かもしれない」
「でも……」
「5年生でも男は男だ。
恋ぐらいするさ。俺もそうだったしな」
「えっ?」
「ま、俺のことはどうでもいい。
あいつにしてみれば、お前は眩しい年上のいとこだ。
いとこなら、結婚もできる。
好きになったって、不思議じゃない」
わたしは混乱しました。Hクンを、恋愛の対象とは見ていなかったからです。
「でも、わたし……」
「お前だって、知らずに付き合ってれば、惹かれるかもしれない。
でも、駄目だ」
駄目、という言葉が、頭に響きました。
「……姉弟、だから?」
「…………。
Hは知らなくても、親類の大人たちはみんな知ってる。
ワケも分からないうちに、猛反対される。
つらい目に、遭うだけだ」
お兄ちゃんの声は、悲しげでした。
「……そう。わかった。
ありがとう。お兄ちゃん。教えてくれて」
「ごめん。つらい話、聞かせちゃったな」
「いい。聞いて良かったと思う。
わたしにも、弟が居るんだ、ってわかったし。
言えなくても、しあわせに暮らしてくれてたら、それでいい」
わたしは、下を向いて、目をつぶりました。
胸の奥で、重い塊が、ぐるぐる回っていました。
後ろからお兄ちゃんの腕が、わたしの胸に回されました。
お兄ちゃんの頬が、わたしのうなじに当たりました。
お兄ちゃんの声が、耳元でしました。
「大丈夫、大丈夫」
わたしはいつの間にか、ぶるぶる震えていたようです。
お兄ちゃんにぎゅっと抱き締められていると、震えが収まりました。
「お兄ちゃん……もう、だいじょうぶ」
お兄ちゃんは、腕をほどいて立ち上がりました。
「もう、帰るか?」
「うん」
人通りもまばらになった道を、お兄ちゃんに手を引かれて帰りました。
わたしは星空を見上げて、今日の事は、一生忘れないだろう、と思いました。
G姉ちゃんの家に帰って、着替えてから賑やかな軽い夕食を摂り、
リビングダイニングに毛布を敷いて、いとこたちみんなと雑魚寝しました。
みんなはまだ元気でしたが、わたしは疲れ切っていて、
お兄ちゃんとHクンに、おやすみなさい、と呟いて眠りに落ちました。
珍しく深い眠りから目覚めると、みんなもう起きていました。
わたしは慌てて顔を洗い、ワンピースに着替えました。
朝食の後、I兄ちゃんの車で、Hクンを残して出発することになりました。
「○○姉ちゃん、また来てね」
「Hクンが良い子にしてたらね」
わたしは、Hクンの背中を撫で、二度と会うことの無いだろう弟に、
心の中で別れを告げました。