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わたしは固まってしまいました。
欲しいと願っていた弟が、降って湧いたように突然現れたのです。

「けど、Hはそのことを知らない。
 周りも知らせる気は無い。
 Hは一生、知らないままだろう……」

お兄ちゃんが、後ろからわたしの両肩に手を置きました。

「俺も、その方が良いと思う。
 あいつは、今のままが幸せそうだ。
 本当の親子より、親子らしい。
 だから、俺たちがきょうだいだと、名乗り出ることはできない。
 ……分かってくれるな?」

わたしは、こくりと頷きました。

「あいつは、俺に懐いてる。
 俺も、あいつが可愛い。
 お前も、そうだろ?
 人見知りするお前が、初対面であんなに気安くするなんて、
 俺は見たことないよ」

「Hクンみたいな、弟が居ればいいな、って思った……」

「でも、お前はもう、会わない方が良い」

「え……?」

「Hの好みは知ってる。
 あいつの周りにいる女の子は、みんなけたたましい。
 お前みたいに、大人しくて落ち着いたのは居ない。
 あいつはお前のことを気にしてる。
 見てれば分かる。初恋かもしれない」

「でも……」

「5年生でも男は男だ。
 恋ぐらいするさ。俺もそうだったしな」

「えっ?」

「ま、俺のことはどうでもいい。
 あいつにしてみれば、お前は眩しい年上のいとこだ。
 いとこなら、結婚もできる。
 好きになったって、不思議じゃない」

わたしは混乱しました。Hクンを、恋愛の対象とは見ていなかったからです。

「でも、わたし……」

「お前だって、知らずに付き合ってれば、惹かれるかもしれない。
 でも、駄目だ」

駄目、という言葉が、頭に響きました。

「……姉弟、だから?」

「…………。
 Hは知らなくても、親類の大人たちはみんな知ってる。
 ワケも分からないうちに、猛反対される。
 つらい目に、遭うだけだ」

お兄ちゃんの声は、悲しげでした。

「……そう。わかった。
 ありがとう。お兄ちゃん。教えてくれて」

「ごめん。つらい話、聞かせちゃったな」

「いい。聞いて良かったと思う。
 わたしにも、弟が居るんだ、ってわかったし。
 言えなくても、しあわせに暮らしてくれてたら、それでいい」

わたしは、下を向いて、目をつぶりました。
胸の奥で、重い塊が、ぐるぐる回っていました。

後ろからお兄ちゃんの腕が、わたしの胸に回されました。
お兄ちゃんの頬が、わたしのうなじに当たりました。
お兄ちゃんの声が、耳元でしました。

「大丈夫、大丈夫」

わたしはいつの間にか、ぶるぶる震えていたようです。
お兄ちゃんにぎゅっと抱き締められていると、震えが収まりました。

「お兄ちゃん……もう、だいじょうぶ」

お兄ちゃんは、腕をほどいて立ち上がりました。

「もう、帰るか?」

「うん」

人通りもまばらになった道を、お兄ちゃんに手を引かれて帰りました。
わたしは星空を見上げて、今日の事は、一生忘れないだろう、と思いました。

G姉ちゃんの家に帰って、着替えてから賑やかな軽い夕食を摂り、
リビングダイニングに毛布を敷いて、いとこたちみんなと雑魚寝しました。

みんなはまだ元気でしたが、わたしは疲れ切っていて、
お兄ちゃんとHクンに、おやすみなさい、と呟いて眠りに落ちました。

珍しく深い眠りから目覚めると、みんなもう起きていました。
わたしは慌てて顔を洗い、ワンピースに着替えました。
朝食の後、I兄ちゃんの車で、Hクンを残して出発することになりました。

「○○姉ちゃん、また来てね」

「Hクンが良い子にしてたらね」

わたしは、Hクンの背中を撫で、二度と会うことの無いだろう弟に、
心の中で別れを告げました。


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