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お風呂に入るには、裸にならなくてはいけません。
服を脱がされたりしたら、ショーツが湿っているのがバレてしまいます。
それに気が付いたわたしは、運ばれる途中でジタバタと暴れました。
お兄ちゃんは演技と受け取ったようで、ただ笑うだけです。
「やっぱり猫だな、お風呂は嫌いか。暴れると落ちるぞ」
何を思ったのか、お兄ちゃんはくるりと引き返し、階段に向かいました。
階段の途中で落ちたりしたら、洒落になりません。
わたしはひしっと、お兄ちゃんの肩に抱きつきました。
2階に上がると、お兄ちゃんはわたしの部屋のドアを開けて、
わたしを中に下ろしました。
「服を着たまんまじゃ風呂には入れないからな。
水着に着替えるんだ。外で待ってる」
わたしはホッとして、水着と下着とパジャマを取り出しましたが、
すぐに、白い水着は濡れると透けることを思い出しました。
白い水着以外で今すぐ着れるのは、去年買ったスクール水着しかありません。
わたしは仕方なくスクール水着に着替えて、ドアを開けました。
お兄ちゃんも水着に着替えていました。
「お前……それは?……ああ」
白い水着を着ていない訳が、お兄ちゃんにも通じたようです。
お兄ちゃんはまたわたしを担ぎ上げ、階段を下りました。
まだ猫ごっこは終わっていないようです。
お風呂のお湯は、まだ少ししか溜まっていませんでした。
お兄ちゃんは、お湯に白く濁る温泉入浴剤を入れました。
「こないだは結局、温泉にゆっくり浸かれなかったからなぁ」
お湯が溜まるまでのあいだに、シャンプーしてもらいました。
「気持ち良いか?」
「にゃー」
「シャンプーが好きな猫ってのも可笑しいな」
2人きりなので、気兼ねなく湯船でお互いの顔にお湯を掛け合いました。
自宅のお風呂なのに、プールに来ているみたいでした。
わたしは遊び疲れて、お兄ちゃんの胸に背中をもたせかけました。
後頭部を押しつけてグリグリすると、脳天を顎でカックンされました。
ずっとお湯に浸かっているうちに、わたしはのぼせてきました。
「そろそろ上がるか?」
そう言って、お兄ちゃんがわたしを立たせました。
わたしが先に上がると、すぐにお兄ちゃんも出てきました。
いつも長風呂のお兄ちゃんにしては珍しい、と思いました。
お兄ちゃんは体をいい加減に拭いて、わたしに「ちょっと待ってろ」
と声をかけ、そそくさと出ていきました。
戻ってきたお兄ちゃんは、カメラを手にしていました。
「まだその格好では記念写真撮ってなかったな」
お兄ちゃんはポーズに注文を付けて何枚か撮った後、さらに言いました。
「この際だから、白い水着に着替えてこいよ」
プールの時の写真は、Yさんがたくさん撮っているはずです。
わたしは首を傾げて見せました。
「もう猫ごっこはいいんだ」
「白い水着は、Yさんが写真撮ってくれたけど?」
「あの時はずっとヨットパーカー羽織ってただろ?」
「それもそうね」
白い水着に着替えてきて、また写真を撮られました。
ファッションショーのように、廊下を歩く演技指導付きでした。
「もう良い?」
「う〜ん、婆ちゃんに貰った浴衣も見てみたいな〜。あ、下駄がない」
お兄ちゃんの凝り方は、以前より度を超していました。
お兄ちゃんはYさんに感化されてしまったんだろうか、と思いました。
「浴衣を着るようなお祭りはなかったっけ?」
「うーん、よくわからない。Uに訊いてみようか」
「そうだな。みんなで行ってもいいし」
さっそく電話してみると、もうすぐ花火大会があることがわかりました。
「浴衣かぁ。わたしもいっぺん着てみたかったんや。
お母ちゃんに頼んでみるわ。またこないだのメンツで集まろか」
「うん、良いね」
花火大会の日までに、お兄ちゃんと2人で下駄を買いに行きました。
当日になると、空模様が崩れないかと気を揉みました。
独りで浴衣を着るのは初めてだったので、早めに着てみることにしました。
去年の夏に着せられた時のことを思い出して、
同じようにしたつもりでしたが、帯を締めてみると我ながら珍妙でした。
脱いでは着、脱いでは着を繰り返し、
1時間もかけてようやくそれらしい形になりました。
諦めて下りていくと、お兄ちゃんはとっくに準備を済ませていました。
「やっぱ着物は良いな……その髪留め、去年俺が買ってやったヤツだろ?」
「うん」