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放課後になると、nさんが教室までやってきました。

「○〜○ちん、クラブ行こっ」

最初から想像を超えてフレンドリーでした。

「……ちん?」

「あれ、ごめ〜ん、気に入らなかった?
 それじゃ○○ぽんは?」

「もう少しふつうの方が……」

「○○ぽんカタイよカタイ〜。もっと柔らか〜くしなきゃ。ねっ。
 わたしのことはnぴーでいいからさ」

わたしの呼び名は、○○ぽんに決定してしまったようです。
聞き耳を立てていたに違いないj君が、白々しい顔で声をかけてきました。

「二人でなに話してるの? ○○ぽん」

「……ふぅん。そういうこと言うんだ」

「な、なにが?」

「そろそろ部活に行きましょうか、jっち」

「jっち!?」

「恥ずかしい?」

「ちょ、ちょっとね」

「じゃ、ふつうに呼ぶことにしましょ。j君」

「OK、休戦ということで、××さん」

j君とのやりとりに、nさんが割り込んできました。

「二人とも仲いいんだね〜。もしかしてわたしってばお邪魔虫だった?」

あはははは、と乾いた笑いを浮かべて、j君は後ずさりました。

「それじゃ、先に行ってる。じゃっ!」

「ちっ、逃げたか……」

ダッシュで逃げたj君をnさんは舌打ちして見送り、わたしに視線を向けました。

「それで、○○ぽんは誰か狙ってるわけ?」

「え? わたし、別に……」

「j君は○○ぽんを狙ってるぽいね〜」

「ええ? そうかな?」

「もしかして、○○ぽん……ニブニブ?」

「う……そう言われないこともないかも。でも、違うと思うな。
 j君は、ぜんぜんいやらしい感じがしない」

「ん〜〜〜、どうだろ? それじゃ、mには興味ある?」

m君とは、部活動見学の時に二言三言話しただけです。
細面の端正な顔立ちですが、斜に構えたような態度で本心を見透かせません。

「別に……まだあんまり話したこともないし」

「じつは、mはわたしと前から知り合いなんだ。中学校もいっしょ。
 はっきり言っちゃうけど、わたしはmを狙ってたりして」

nさんはわたしの目を真っ直ぐに覗き込んできました。

「そういうわけだから、
 ○○ぽんはmに手を出さなければ平和な高校生活を送れるんじゃないかな〜」

あからさまな脅迫でした。

「m君はわたしのタイプじゃないと思う。安心していいよ」

「それじゃ、わたしたち仲良くできそうね」

nさんはにっこり笑って手を差し伸べてきました。わたしはその手を握り返しました。
みんながnさんぐらい判りやすい態度でいてくれたら、人付き合いが楽になるのに、
と思いました。

作法室に集まると、先輩たちはふつうの制服を着ていました。
羽織袴で正装するのは特別な日だけのようです。

最初に、亭号と芸名を決めなくてはいけません。
亭号というのは、例えば〜〜亭$$の〜〜亭の部分です。
部の内部では、同期はお互いに芸名で呼び合う習わしでした。
先輩のことはk師匠、l師匠です。

ただし、煩雑さを避けるために、連載中では呼び方を変えないことにします。

k先輩とl先輩はそれぞれ、OBから異なる亭号を受け継いでいました。
新入部員は自分の師事する先輩を決めて、同じ亭号を名乗ります。
わたし以外の三人は、k先輩の亭号を選びました。

落語家として才能に恵まれているのは、明らかにk先輩の方でした。
明るさと緩急織り交ぜた話術は、部長に相応しいものです。
けれど、わたしはあえてl先輩の亭号を名乗ることにしました。

「えっ、いいの?」

l先輩は意外そうでした。

「はい。わたしはあまり器用ではないので、l先輩に近いと思います」

「はははっ、そういうわけか。うん……でもまぁ、うれしいよ。
 正直いって『〜〜亭』は俺の代でおしまいかな、って思ってた」

「よろしくお願いします」


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