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わたしは封筒を胸に抱き、ぱたぱたと自分の部屋に走り込みました。
封筒を破らないように注意して、封緘をていねいに剥がすと、
便箋が1枚と、スナップ写真が3枚出てきました。

写真は縁なしのサービスサイズで、お兄ちゃんが笑っています。
友達らしい男子生徒と一緒の写真もありました。

便箋に記された文面は短いものでした。
体育祭で、クラス対抗リレーの選手に選ばれたと書いてありました。
お兄ちゃんは小学校の時も、1年から6年までずっと、徒競走で1位でした。

わたしは写真を汚さないように、そっと勉強机の上に並べ、
すぐにパスケースを買いに行きました。

ポケットから落としても無くさないために、紐付きのパスケースを選びました。
お兄ちゃんへの返事を書く、水色の封筒と便箋、それに切手も買いました。

家に帰って、机に向かい、パスケースに大事な写真を収めました。
写真を見ながら、便箋を取り出した時、わたしはハッとしました。

お兄ちゃんに手紙で報告するような、面白い出来事が何もありません。
毎日薄ぼんやりと過ごしている事なんて、書くわけにはいきません。
そのうえ、返信に同封する写真さえありませんでした。

わたしは焦って、とにかく写真を用意しなくちゃ、と思いました。
あの白いワンピースに着替えて、また外出しました。
駅前までバスで行き、見覚えのあった証明写真ボックスに直行しました。

鏡に上半身を映してみると、髪が撥ねていました。
わたしはボックスを出て、行きつけの美容院に行きました。
予約していなかったので、待たされて気が逸りました。
いつもの美容師さんに、髪をセットしてもらいました。

再び証明写真ボックスで、鏡の前に座ると、緊張した顔が映りました。
ほっぺたを自分で揉みほぐして笑ってみましたが、
なんだか引きつったような、おかしな表情にしかなりません。
自分はいつも、こんな変な顔をして歩いているのだろうか、と思いました。

不自然な笑顔より真面目な顔の方がマシだと思って、
じっと前方を見つめながら、硬貨を入れて写真を撮りました。

ランプが点いて、出来上がりの写真が出てくるまで、じりじりしました。
縦に3つつながったカラー写真が出てきました。

印画紙に写ったわたしの顔は、鼻と口が飛んでのっぺらぼうでした。
そのうえ、交番に貼ってある手配写真の、犯人のような目つきでした。

これは、ダメだ、と思いました。
どうしよう……と思ったわたしの脳裏に、デパートの近くにある写真館が
浮かんできました。

写真館のショーウインドウには、晴れ着姿の子供の写真が飾ってありました。
ガラスの重いドアを押して中に入るのには、抵抗がありました。
でも、見えない手で背中を押されているかのように、わたしは足を踏み入れました。

カウンターでは、太った髭面のおじさんが何かしていました。
わたしは前に立って、小声で呼びかけました。

「あの……」

「あ? いらっしゃい。写真の受け取り?」

「いえ……わたしの写真を、撮ってもらいたくて」

おじさんは、手を止めて顔を上げました。

「お嬢ちゃん、ひとりで?」

「お金は、あります。
 田舎のお兄ちゃんに送る写真を、撮ってください。
 外に飾ってあるようなのを」

「ふむう……服と髪はそのままで良いとして。
 ああいうのは高く付くけど、大丈夫?」

おじさんの口にした金額は、写真1枚にしては思ったより高額でした。
でも、わたしは家計をそっくり財布に入れて持っていました。
ここで奮発しても、後で節約すればなんとかなる、と思いました。

「お願いします」

わたしは奥のスタジオに通されました。わたしは椅子に座らされ、
おじさんはいくつもあるライトスタンドの明かりを点けました。
おじさんがブラシで、わたしの髪と服の埃を払いました。
目の前に、黒い布を被せた、見たこともない大きなカメラがありました。

「楽ーにして。
 手のひらは膝の上で重ねて。
 そうそう。
 にっこりしてみて」

わたしは笑顔を作ろうと、努力しました。
おじさんは少し離れて、不意に手に持ったポラロイドカメラで1枚撮りました。
1分ほど経って、ポラロイドカメラの印画紙に色が浮かんできました。
写真のわたしは、笑っているようには見えない、強張った顔をしていました。

「ほーら。表情が硬い。
 目をつぶって、一番楽しかったことを思い出してみるといい」

わたしは目蓋を閉じて、この夏の出来事を思い浮かべました。
髪を編んでもらった事……マッサージしてもらった事……出汁巻き卵を作った事。
お祭りの金魚すくい……盆踊り……本を読んでもらった事……星を見た事。

「ゆーっくり目を開けて。
 そのまま頭を上げて、顎を少し引いて」

わたしが目を開けて、言われるままにすると、シャッターを切る音がしました。


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