185:



わたしも立ち上がって歩み寄り、空き缶をゴミ籠に入れました。

「○○、もう帰るか?」

「ずっと、歩いていきたい」

本心でした。このまま歩き続ければ、夜は終わらない気がしました。
見上げるわたしの目を、お兄ちゃんが見返しました。
自動販売機の明かりに浮かぶお兄ちゃんの姿は、彫像のようでした。

「それは……無理だろ」

深いため息のような声でした。

「お前も俺も、じきに大人になる……もう子供でもないしな」

わたしは答えず、何かに引き寄せられるように、
お兄ちゃんの肩に顔をくっつけ、広い背中に両腕を回しました。

わたしは泣いてはいませんでした。
でも、身を寄せてもまだ、お兄ちゃんとのあいだに隙間があるようでした。
お兄ちゃんの手のひらが、わたしの背中をぽんぽんと叩きました。

「心配すんな……。
 いくつになっても、離れていても、お前はたった1人の妹だ。
 どうしても助けて欲しいことがあったら呼べ。
 どんな時でも、どこに居ても、すぐに助けに行く」

静かな、何でもない声でした。でも、冗談には聞こえませんでした。

「誓って、くれる?」

誓う、ということは、わたしにとって、特別な重みがありました。
どんなことがあっても破らない約束、という意味です。
そのわたしの考えを、お兄ちゃんは以前から知っていたはずです。

「ああ」

当たり前のことを訊かれたような、あっさりした答えでした。
わたしはお兄ちゃんから身を離して、背を向けました。

「わかった……帰ろう、お兄ちゃん」

帰り道は、来たときの道を逆方向に歩いているだけなのに、
違った景色に見えました。

「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「また、散歩したいね。わたしが元気になったら、夜のあいだずっと」

「夜行性だな。不審人物め。昼間はダメなのか?」

「散歩は夜するものだよ。昼間は暑すぎるから。砂漠の民の常識」

お兄ちゃんは笑いながら言いました。

「いつから砂漠になったんだここは……ラクダに乗っていくのか?」

「つーきのー、さばーくをー、はーるーばーるとー♪」

わたしは調子外れの声で、歌いだしました。
わたしの下手くそな歌声を聴いているのは、お兄ちゃんだけです。
お兄ちゃんがよく通る声で、唱和しました。

「たびのー、らくだがー、ゆーきーまーしたー。
 きんとー、ぎんとのー、くうらー、おーいてー、
 ふたつー、ならんでー、ゆーきーまーしたー♪」

続きの歌詞がわからなくなって、最初のほうだけ何度も繰り返しました。
握った手と手を、曲に合わせて前後に振りながら。

「お兄ちゃん、わたしたち変だね」

「くっくっく、変だな」

「人が見てたら、気が狂ったと思うかな?」

「かもな」

家に着きました。歩いていたせいで、体が温まっていました。
階段を上って、ドアの前でお兄ちゃんと向かい合いました。

「お兄ちゃん、明日は……早い?」

「ん……明日は早く発つよ。お前はゆっくり寝てればいい」

「いや。見送りに行く……駅までなら、良いでしょ?」

「お前もはっきり言うようになったなぁ……」

「駅で泣いたりしないよ。わたし、泣かないことに決めたから」

「……無理すんなよ? 泣ける時は泣いといたほうがいいぞ」

「こんなことで泣かないよ」

わたしは笑顔を見せました。上手く笑えた、と思います。

「お兄ちゃん、おやすみなさい」

「おやすみ」

わたしは部屋に入って、扉を閉めました。
本当に、悲しくはありませんでした。
苦しいような、熱いような、もやもやしたものが胸に満ちていました。

わたしはパジャマに着替え、ベッドに入りました。
長いこと歩いた疲れが出てきたのか、わたしはすぐに眠りに落ちました。

翌朝早く、丸まって寝ていたわたしは、肩を揺らされました。

「○○、起きるか?」

「起きる!」

わたしは向き直って、目をぱっちり開けました。
窓のカーテンを開けると、まぶしいくらい晴れていました。


同じような内容ばっかになってる希ガス
2017-03-06 03:23:21 (1年前) No.1
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