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そんなある日、いつものように自分の席で本を読んでいるわたしに、
Uという名前の女生徒が話しかけてきました。
Uさんの後ろには、Vという別の女生徒がぼうっと立っていました。
「××さん、ちょっとええ?」
Uさんはそれまでにも何度か、わたしに声をかけてきたことがありました。
最初の会話がどんなものだったのかは、どうしても思い出せません。
「なに?」
「アンタ、胸ちっちゃいなぁ」
「……それが、どうかした?」
わたしは思わず、Uさんの目を睨みました。
Uさんはわたしより背が低いのに、胸はもう膨らんでいました。
わたしの視線にUさんはまったく応えた風もなく、
くりくりした瞳でわたしを見つめ返しました。
「やっぱりなぁ。アンタめっちゃ怖いわ」
「怖い……?」
わたしはわけがわからなくて、首を傾げました。
無口で目立たないわたしが、どうして怖いのでしょう?
「怖い怖い。もう、アレやな、交番に貼ってある犯罪者の目や」
「…………」
わたしは唖然として言葉を無くしました。
いきなり暴言を連発しながら、Uさんは純粋に面白そうな顔をしていました。
「U、ひどいよ……」
後ろから、VさんがUさんに声をかけました。
Vさんは大柄で、眠そうな目をしていました。
声も緊張した場面にそぐわない、のんびりした響きがありました。
UさんはVさんに構わず、なおも言いました。
「アンタ誰とも話さへんみたいやけど、
うちらのことバカにしてるん?」
どうしてそういうことになるんだろう、と思いました。
でも、言葉は荒いのに、敵意は微塵も感じませんでした。
「……違う」
「ふーん。せやったら、一緒にトイレ行こう、
ってゆうたら一緒に来る?」
「……?
わたし今、おしっこしたくないんだけど、
トイレに何しに行くの?」
Uさんは一瞬目を見開いて、それからひとりで笑い出しました。
「あはははははは。あんたやっぱりオモロイなあ。
噂とは大違いやわ。
なあアンタ、わたしらと友達にならへん?」
あまりにも急な話の展開に、わたしは付いていけませんでした。
「……良いけど」
それから3人で、毎日のように一緒に帰るようになりました。
3人とも家の方向が割と近かったので、分かれ道に辿り着くまで、
いろいろと話をする時間がありました。
Uは小学校の時に転校してきて、Vとはそれ以来の友達同士でした。
わたしとは違う意味で、2人は群れに馴染めないタイプでした。
3人とも性格も趣味もまったく違うのに、一緒に居るとなぜか和みました。
Uがわたしを当たり前のように呼び捨てにしたので、わたしもそれに倣いました。
毎日言葉をやりとりしているうちに、2人の性格がわかってきました。
Uはとびきりの毒舌家でしたが、悪意はありませんでした。
生まれ育った土地の方言が抜けませんでしたが、直す気はないようでした。
わたしやVの他にも友人は居ましたが、敵も多かったようです。
Vは大柄で、いつもニコニコしていました。
夢想癖があり、現実の世界より空想の世界に重心をかけているようでした。
人形作りが趣味で、Uやわたしの人形も手作りしました。
Vの空想世界では、Uには戦士、わたしには魔女の役柄が与えられていました。
もちろん、Vはお姫様です。
分かれ道で別れがたくて、3人であっち行ったりこっち行ったりしながら、
話を続けることもありました。
Vは会話のテンポが常人とは違ったので、Uがもっぱら話していました。
「ねえ、U。どうして、わたしに話しかけたの?」
「あーそれ? 噂がホンマかなー思うて」
「噂って?」
「なんや、ぜんぜん気づいてなかったん?」
わたしが首を傾げると、Uはにやりとほくそ笑みました。
「すんごい噂やったで。アンタは有名人やったからなー」
「有名人?」
ますますわけがわからなくなりました。
「そや。小学校ん時アンタを知らんモンはおらんかったんちゃう?」
「どうして?」
「自覚無いんかいな! アンタ、道歩きながら本読んどったやろ。
学校の中どころか、周りの人までみんな知っとったで」
それには思い当たる節がありました。
「それだけやない。
アンタ、クラスでひとりだけ塾に行ってないのに、
成績はオール5、テストはいつも満点やったな」
わたしは驚きました。
「どうして、そんなこと知ってるの?」
「なんでってなぁ……。
アンタ、いつも返してもろた通知票やテストを出しっぱなしにしとったやろ?
嫌みや思わへんか?」
「……別に、隠す必要ないし」
「自慢してたんとちゃうのん?」
「小学校の成績なんて、社会に出たら意味が無い。自慢にならないでしょ?」
「ハァ……。それやったら、
ガリ勉してた連中がアンタのこと何て言うてたんか知らんやろな。
クラス違うわたしでも知っとったのに」
「……? わからない」
「えっとなー。まず『鉄仮面』やな。そんで『氷女』。
『鉄壁』ちゅうのもあったなぁ」
「……え?」
「その調子やったら、アンタを無視しようちゅう協定が結ばれとったんも
気づいてないやろ?」
「うん」
もともと孤立していたわたしは、無視されていたことにさえ気づきませんでした。
「あんたが全然気にせぇへんから、協定は意味無くなったけどな」